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「君は僕のことをどう思っているんだ」

ユーリは真顔でフレンの顔を凝視してから、ふっと表情を緩ませた。
「どう答えて欲しいんだ?」
「ちがう」
寝転んだまま首を横に振った。そうじゃない。
「僕は君の本心が知りたいのであって、喜ばせて欲しいわけじゃないよ・・・」
ユーリの手が頬に触れる。そんなことわかってるとでも言いたげな悪戯っぽい笑顔。フレンは眉間にしわを寄せてユーリの瞳を見返した。
「オレはいつだってお前のこと喜ばせてやりたいと思ってるのに」
「よく言うよ」
困らせてやりたいの間違いじゃないかと言ってやると、彼は心外だなと唇を尖らせた。そんな顔しても可愛くないよ。裸の背に手をまわし首筋に顔をうずめる。指先で肩甲骨を辿りながら大きく息を吸うと僅かに甘い香りがした。
「お前、たまに唐突にそういうめんどくさいこと聞いてくるよな」
「それでどう思ってるって?」
ユーリは無言でフレンの頭を撫で脚を絡ませた。こちらが顔をあげるとわざとらしいリップ音を立ててキスをする。
「そんなもん今更いいだろ」
「今だから聞きたいんだよ」
「めんどくせえ奴。オレが女だったらお前みたいな彼氏はお断りだな」
すり、と猫のようにフレンの胸板に身を摺り寄せて、後は何度フレンが尋ねても聞こえないふり。結局答えてはくれない。君こそ面倒くさいよ、と白い肌を撫でまわしながら思った。

どうせ何と答えてもしかめっ面をされるのだ。
嘘を言えばすぐ見抜かれ、あたり障りのない答え方をすればそういうのはいらないと言われ、本当のことを言えば喧嘩になる。わかっているから答えない。
お前のためなら命だって惜しくないくらいには想っているが、お前がオレのことを同じように想うのは嫌だ。オレのことなんて考えてる暇があったら他のことに頭使え。そんな風に答えたら眉をつりあげて怒るだろ?
空色の瞳を見上げ目を細める。フレンは前髪をかきあげて大きく息を吐いた。こんなに男前なのに、ほんとお前って残念だよな。
「フレン」
両手を広げて呼ぶとフレンはむっと口を一文字に結び、不本意そうな顔をしてから腕の中に入ってきた。ぎゅっと抱きしめ耳元でもう一度名前を呼ぶ。
「・・・君のその媚びた声はあまり好きじゃないな」
「オレはお前のその不機嫌そうな低い声、好きだぜ?」
いつもの柔らかい声音も好きだけれど。するとやっぱりわざと怒らせてるのか、と言われたのでそんなことねえよと笑う。やっぱりってなんだ。

一緒に居る時間を幸せだとは思う。ただお互いもう、昔のようにはいかない。こうしていられるのもあと少しだと自分に言い聞かせながらキスをねだった。


*********************************


腹部の痛み。霞む視界。宙に投げ出され、真っ逆さまに落ちていく感覚。
思考を巡らす余裕などなく、ただ漠然と死を感じた。意外と呆気ない。


視野を覆い尽くす青、青、青


どこもかしこも均一で、何も見えない。不快な耳鳴りと頭痛。やがてそれもなくなってただ青だけの世界になる。そこを暫く、どれくらいの間かわからないがゆらゆらと漂っていた。
なんだ、悩むほどのこともなかったのだ。これから先あいつとどうするかなんて。いつまであの関係を続けるのか、どう距離をおくのか。そんなことも全て、これから、が無いのならばそれまでだ。
最後に抱き合った日をぼんやりと思い出して、なんだか無性に悲しくなった。

柔らかなハニーブロンド。青い瞳は眼鏡のレンズを隔てて心配そうに揺れている。
「大丈夫?・・・ですか?」
ふれん、と呟こうとしたが言葉にならない。声が出ないことに気が付いてユーリは自分の喉に触れた。
「首が痛いの?息が苦しいとか・・・?」
首を横に振る。体を起こし、部屋の中を見回した。沢山の本。机の上には地球儀。壁に貼られた古ぼけた写真。どこだろうここは。
「波打ち際に倒れていたんだ」
フレンは白いシャツに黒いジーンズという出で立ちで、なんだか新鮮に見えた。ユーリが着ているTシャツもフレンのものなのだろうか。痛みを感じて腹部に触ると、塞がってはいるが確かに傷があった。
「君、自分の名前は言える?」
なんだフレンのくせにオレの名前を知らないのか。ユーリはちょちょいと手招きし、寄って来たフレンに抱き付くと耳に唇がつくくらい近くで囁いた。ばっと弾かれたようにフレンが離れる。その顔は心なしか赤かった。
「えっと・・・ユーリ?」
どうやら聞こえたらしい。ユーリはこくりと頷いた。

魔物が存在しない。

魔導器も無い。

窓から見える空に結界魔導器の輪は無い。
ユーリは本棚から分厚い本を出して開いた。色とりどりの球体、光の軌跡。光と光を結ぶ線。
部屋に戻ってきたフレンはユーリを見て照れくさそうに笑った。
「星を見るのが趣味なんだ」
本業は学生で法律の勉強をしているらしい。眼鏡は一度奪ってかけてみたが、あまり度は強くなかった。女っ気はなく料理もほとんどしない。しかしいざ張り切って作った料理がどういうものなのかは予想がつくので全力で止めておいた。
「ねえ、昔どこかで会ったことないかな」
ユーリの髪を結いながらフレンが言う。この場合はどうなのだろう。もしかしたら本当に自分ではない“ユーリ”に会ったことがあるのかもしれない。

窓を開くと穏やかな風とともに微かな花の香りが運ばれてくる。三寒四温。暖かくなったり寒くなったり忙しい。
ユーリを見つけた日にはまだマフラーと手袋をしていた。
不思議なことに、フレン以外の人間にはユーリの存在を認識できないらしい。触れれば暖かいし、確かにそこに存在しているのに。倒れている彼のすぐ近くを何も無いかのように人々が通り過ぎる光景はどこか不気味だった。
奇妙な服装をした彼を背負って運んでも誰の注目も集めなかった。顔色は悪く唇も青い。手足も冷え切っている。医者にも見せられないし不安だったが、目が覚めた彼は話せないというだけで元気そうだった。
紫がかった艶やかな黒髪に同色の瞳。見方によっては女性か男性か性別の判断に迷うような顔立ち。歳はフレンと同じくらいだろうか。海岸で倒れている姿を見た時から、何故かフレンはこの青年にどうしようもなく惹かれていた。ずっと探していたものにやっと再会できたような、そんな感覚。
ユーリもフレンに対して最初から親しい友人のように振る舞った。会話できない不便さなど感じないくらい何も言わなくてもこちらの心情を察してくれる。こだわりも好物も知っていて当然と言わんばかりで、作ってくれたハンバーグはとても美味しかった。
風に吹かれてユーリが眠そうに大きな欠伸をする。いい天気だから一緒にどこか出かけようかと聞くと、彼は頷いて眩しそうに目を細めた。

帝国もギルドもない。貴族も平民もない。フレンはただの真面目な学生で、きっとこの世界のユーリが人を殺めることはない。お互い何のしがらみもない世界。
夜空を見上げながら星々について熱っぽく語るフレンの口調は理想の騎士像について話していた時と似ていた。ユーリはフレンに寄り添い話に耳を傾ける。この世界の空に凛々の明星は無い。星座もテルカ・リュミレースのものとは違っている。
「ごめん、退屈じゃないかな」
そんなことはないとユーリは微笑った。フレンは安心したように空に視線を戻す。
ユーリの幼馴染ではないし、顔つきは少し穏やかで、眼鏡も服装も少しやぼったい。しかしやはりフレンはフレンだ。まっすぐな横顔を見ながら思う。
ユーリはフレンの肩を軽くたたいた。
「何だい?」
振り向いたフレンに抱き付いて、キスをした。フレンは石のように硬直してずれた眼鏡のままユーリを見つめる。その顔がおかしくてつい笑ってしまった。

ベッドに寝転んだユーリは愛おしそうにフレンを見つめ両手を広げる。
フレンがその上に覆いかぶさるようにユーリの顔の両側に手をつくと、ユーリの両手がフレンの頬を包みこむように触れた。どうしてそんな、泣きそうな顔をするのだろう。
初めて誘われた夜、フレンはユーリの望むままにその薄い体を抱いた。白い肌に触れると脳髄が甘く痺れて本能がむき出しになった。誘惑に抗う術はなかった。
痩せているが骨ばっていて華奢ではない。その手はいつもフレンよりも冷たくひんやりとしていて、温めるように握るときゅっと握り返される。平らな胸にキスを落とし太腿の間に体を割り込ませるとユーリは自分から脚を広げた。その間には自分と同じものが存在を主張しているが、今のフレンにとってそれは大した問題ではなかった。

君は何者で、どこから来たのか。僕のことをどう思っているのか。何度目の質問かは分らないが、ユーリは決まって眉を下げて困ったように笑う。気怠そうに寝返りをうった彼の肌には自分でもこんなにつけたっけと思うくらい赤い痕が残っていた。今更ながらなんだかいたたまれない気分になる。ユーリはそんなフレンをじっと見つめると、顔を寄せて唇を動かした。勿論声にはならない。しかしはっきりと。
あいしてる

二人暮らしには狭い部屋で共に寝起きし、一緒に食事をとり、時間がある日は並んで出かける。星を見ながら海岸を歩いて、帰ったら抱き合い体を重ねる。
穏やかにゆっくりと過ぎる時間。まるで長い夢を見ているようだった。
もし、このまま・・・
「このままこの暮らしを続けるのが、お前の望みか。ユーリ・ローウェル」
一人海を見ていたユーリは声のした方を見上げた。長い銀髪と紅い瞳。その表情からは何を考えているのかは読み取れない。ユーリは海に視線を戻し、首を横に振った。
心地よいけれど、多分これは違う。
夕焼け色に染まる海。しばらく膝を抱えていると、後ろから何度か名前を呼ばれた。段々と近づいてくる声。振り向くと息を切らせたフレンが立っていた。
「帰ってこないから・・・」
フレンはユーリを抱きしめ脱力した様子で大きく息を吐いた。

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