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穏やかな海面を切りつつ進んで行く船。航海は順調だった。

時折大きな雲が太陽を隠し日が陰るが雨が降る気配はない。涼しい海風に長い黒髪をなびかせユーリは目を細めた。魚人が出る海域は過ぎた。後は港に着くのを待つだけだ。

「もう少しで着くからな」

ユーリの言葉に足元の相棒は頼りない声で小さく鳴いた。ラピードは海が苦手らしく魚人と戦う時以外はずっとユーリの傍にくっつくように座っている。レイヴンの方はというと・・・視線を巡らしてみると高い所にとまって周囲を見渡している影を見つけた。レイヴン、と呼びかけると少し間を置いてから飛び立ちふわりとユーリの隣に着地する。

「何か見えたか?」

レイヴンは問いかけには反応を示さずふい、とそっぽを向いた。こいつめ。黒い頭を指で軽くつついてやるとくちばしで抗議された。

 

「烏だなんて珍しいわね」

 

声のした方をラピードとレイヴンと同時に見る。眼鏡をかけた赤い髪の女性はユーリの雇主である幸福の市場のボス、カウフマン。彼女は顎に手をやりユーリと戯れるレイヴンを興味深げに観察している。ユーリは苦笑して髪を耳に掛けた。

「もうオレの仕事は粗方済んだかな」

「海の上にいる以上完全に安心はできないけれど。それにしても強いのね。私の目に狂いはなかったわ」

「そりゃどうも」

たまに船にあがってくる魚人は海の中が本来のテリトリーなためか一匹一匹はそこまで強くない。倒さなくても海に落としてしまえば同じものが再びあがってくることはないのだし。ただ、皆と一緒だった時と違い戦力がユーリとラピードだけなため少し忙しかった。魔法の援助もないし・・・

“皆”?

自分で考えておいてユーリはふと疑問に思った。皆って、誰だ。

「おねーさん、オレのこと雇うのはじめてだよな?」

「? そうだけど。あなたみたいな子、会ったことがあるなら忘れないと思うけれど」

「だよな・・・」

頷きつつ、もやもやとしたものが胸の内に広がっていく。なんだろうこの感じ。やはり前にもあったような。既視感。くらりと眩暈を感じてユーリはこめかみを押さえた。

「顔色悪いわよ?大丈夫・・・?」

「・・・軽い船酔いだ」

大したことない、とひらひら片手を振る。

陸だ、という声に目を凝らすと空気に霞んでそれらしきものが確認できた。帝都があるという大陸。レイヴンと視線を合わせるとしゃがれた声で鳴いてユーリの肩に乗った。


 

目的地は帝都。そこに行こうとしていたことは分かる。どんな所かも思い出せないが、そこに行けば自分を知っている人間がいるかもしれないし、記憶も戻るかもしれない。

“かもしれない”。実際は何の保証もない。だが今のユーリにできることはそれしかないのだ。ユーリは宿のベッドに寝転び目を閉じた。

皆・・・か。

レイヴンも、その中の一人だったのだろうか。思い出せない。それなのににぎやかな旅の感覚だけはどこかに残っていて、ひどく寂しい気分になる。胸にぽっかりと空いた大きな穴。大切なもののはずなのに、どうして忘れちまったんだろう。またいつもの耳鳴りがしてユーリは体を丸めた。

もし・・・帝都でも誰も自分のことを知らなかったらどうする?ずっとこのまま思い出せなかったら、どうすればいいのだろう。

「らしくねぇよな・・・レイヴン」

足音を感じ取りユーリは呟いた。見上げれば人の姿をしたレイヴンが心配そうにこちらを見ている。レイヴンはベッドに腰掛けユーリの髪を撫でた。烏の姿の時もレイヴンはユーリの不安を敏感に感じ取っては慰めようとする。

(大丈夫。おっさんがついてるから。ね?)

そう言いたげな表情と手つきに耐え切れず、ユーリは重い体を起こしレイヴンに抱き付いた。

大したことじゃない。少し気が滅入っているだけなのだ。考えれば考えるほど霧は深くなって孤独感ばかりが押し寄せてくる。決して一人ではないのに。

「レイヴン・・・」

両手をまわすと背中を撫でられる。子供みたいで情けないと思いつつレイヴンのにおいと体温に心が落ち着いた。同時にまた疑問が湧いてくる。自分はこの男のことをどのくらい好きだったのだろう。いつ、どうやって出会ったのだろう。どうして一緒にいてくれるのだろう・・・

「オレ、やっぱりあんたのこと思い出してえよ・・・“皆”のことも、“フレン”のことも」

レイヴンはこくりと頷いた。その唇をそっと指でなぞる。やっぱり、声を聞きたい。

 

暫く抱き合った後、ユーリは耳元で囁いた。

「なぁ・・・今日はしねえの?」

いつもすぐに手を出してくるのに今日はその気配が無い。レイヴンは困ったように眉を寄せいいの?と尋ねるように首を傾げた。ユーリの様子を見てのことだろうか。

「かまわねえよ・・・。レイヴン」

それでもまだ躊躇しているレイヴンにユーリはため息を吐いた。この男はこうなのだ。がっつくときは激しいくせに。やたらと気を遣う。焦れたユーリはレイヴンの両肩を押した。抵抗もなく簡単に男の身体が傾く。

「あんたがしねえならオレが自分で入れる」

跨り額をくっつけると垂れ気味の緑色の目が丸くなった。一方的に気持ちよくされることが多いのだ。たまにはいいだろう。レイヴンはユーリを制止するように服を掴んできたが気にするものか。

ユーリは自分のボトムを脱ぎ捨て、レイヴンの性器を露出させた。レイヴンは抵抗を諦めたらしいが相変わらず困った顔でユーリを見ている。まるで我儘な子供を見るような。ユーリはふん、と鼻を鳴らした。気に入らない。自分だって本当はしたいくせに。

自分の、本来なら排泄に使うべき器官に触れ指を入れてみる。いつもならレイヴンがしてくれる工程だ。自分で触れたことは殆どない。いや、過去にあったのかもしれないが覚えていない。

「う・・・ん・・・・」

どうしても加減してしまう。もっと深く。気持ちよさよりも異物感の方が勝ってユーリは顔を顰めた。レイヴンにされるともっと気持ちいいのに。指を一本増やした所で一瞬レイヴンと目が合う。じっと見られているのが急に恥ずかしくなって顔が熱を持つのを感じた。

もう、入るだろうか。ユーリの痴態を見たせいか既に勃起しているレイヴンの性器を先程まで弄っていた窄まりに押し付けた。

「あ・・・・っ」

ゆっくりと腰をおろそうとして思ったよりも入ってしまいユーリはぎゅっと目を閉じた。内壁が急に広げられ太ももが震える。しかしここで止まるわけにもいかない。ぐっと奥歯を噛みながら進める。自身の体重で深く挿入されていく感覚にユーリは小さく声をあげた。

「はっ・・・あ・・・・・」

やっと奥まで入った。大きく息を吐くとそれまで動かずにいたレイヴンがユーリの臀部に触れ、もう片手で性器を掴む。その感覚に思わず背筋が反った。

「んっ・・・レイヴ・・・ン、」

眼前の男はいつもの、ユーリに欲情している時の目をしている。それを見てユーリは薄く笑みを浮かべ腰を揺らし始めた。

 

 

『なんか、おまえさんを見てるとたまに不安になるわ』

『なんでだよ』

『ふらっとどっか行っちまうんじゃないかってさ』

どこにも行かないでね。それか、俺も連れてってね。ユーリ。

この心臓まがいが動いてるうちはさ。傷の舐め合いくらいはしてあげられるわよ。ずっと一緒に居て慰めてあげる。

男はそんな冗談なのか本気なのか分らないことを言って笑う。

どっか行っちまいそうだなんて、あんたにだけは言われたくないな。

 


 

どんな夢をみていたのだったか。

ユーリは寝返りを打ち、痛む腰に顔を顰めた。もう明け方だ。人の姿のレイヴンは隣にはいない。代わりに黒い鳥が枕元で眠っている。

「レイヴン・・・」

レイヴンはユーリの声にすぐ目覚め、首を傾けた。羽毛を撫でくちばしとキスのようなものをする。

「ずっと一緒に居てくれるんだよな?」

緑色の瞳が窓から入る淡い光を反射し宝石のように見えた。じっと触れていると高い体温のためか温かい。それを感じながらユーリは再び目を閉じた。

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