top of page

フレン・・・フレン・・・

呼ぶ声に目が覚めた。
外は雨が降っていたはずなのに雨音も聞こえない。
窓からは月明かりが差し込んでいた。静かな夜だ。


「いつまで寝てんだよ騎士団長」


「ユーリ・・・?」
高い位置で結った髪に、赤と黒の騎士服。ユーリは悪戯っぽく笑いフレンを見つめていた。ふらふらと起き上がり彼に近づく。
「いつから・・・そこに?」
「窓の鍵は閉めておけっていつも言ってるだろ。不用心だな」
だって君が、そこから入ってくるから・・・。
気が付くとフレンが立っているのは城の執務室だった。ユーリがここにいることが懐かしくて胸がしめつけられる。しかし脳がどこかでこれはおかしいと告げていた。
そう、だって、君は。君は・・・・・・
「そうだよ・・・もういい加減、オレなんかのために苦しむなよ。もう、十分だよ」
ユーリは呆れたような優しい声で言う。
〝十四年前〟と何も変わらない。そう、君がいなくなったあの日から。フレンは頭を抱えた。
「僕は・・・君を、」
言葉が続かない。

ユーリはおまえの言いたいことなどわかってるという風に首を横に振った。
「おまえが自分を責める必要なんてねえ。オレは自分勝手な奴だから最初から最後まで自分のやりたいようにやっただけだ。
オレはおまえには相応しくない。おまえには、オレ以外の誰かと幸せになってほしかった」
「勝手なことを言わないでくれ・・・‼」
思わず声を荒げた。自分勝手だからなんて開き直って、勝手に他の誰かと幸せにだなんて。君はいつもそうだ。僕には君しかいないって、ずっと言っていたのに。わかっているくせに。
「僕は・・・自由な君が好きだった。でも僕は、そんな君を縛りたかった。ずっと傍にいて欲しかった。君に、僕のことが必要だって言ってほしかった。僕と同じ気持ちだと、僕の傍に居たいと言って欲しかった・・・君は僕の半身だから」
フレンはユーリの両肩を掴んだ。
紫紺色の瞳はただ静かにこちらを見つめている。

「だから・・・君が僕を残して一人で逝ってしまったのが、僕はどうしても許せなかった」

ぐにゃりと周囲の景色が歪み、執務室の天井は一面の星空に変わる。繭の中の夢で見た光景だ。ユーリの長い髪が風に靡き揺れる。
灰羽連盟の話師は、ユーリが罪憑きから解放されるかはおまえ次第だと言った。おまえの心持ち次第でユーリのことを救えると。
僕は思い出した。思い出してしまった。
ユーリをこの壁の中・・・煉獄に閉じ込めたのは、僕自身だった。
君から流れ出た血で濡れた手。ぐったりとした細身の身体。君が動かなくなったあの日、僕は君をはじめて憎んだ。
ユーリは前世の行いが悪かったから自分は罪憑きなのだと言っていた。ユーリを許していないのは他でもない。フレンだった。
鮮明に脳内に蘇ったあの日の光景に口の中がからからに乾く。
「十四年は長かったよ。寂しいことを忘れるくらい」
「それは、僕だって・・・」
この十四年間、色々なことがあった。騎士団長として息をつく暇もなく働いた。それしかなかった。君がいないから。
「だからっておまえまでこんなところに来ることないだろ。おまえは・・・まだ、生きてるのに」
責めるようにユーリが言う。でも仕方ないじゃないか。
「君のいる所に行きたかった。今度こそ君を救いたかった。わかるだろ」
「わかんねえよ・・・オレは生まれてこのかた一度だって、救われたいだとか許されたいなんて思ったことはねえ」
ユーリは首を横に振る。救いなんていらないと。君は何も変わっていない。フレンは絞り出すように告げた。
「だって・・・君がいない世界は、苦しいよ」
ユーリを失ってから誰にもそんな弱音を言ったことはなかった。騎士団長は強く、揺るがない、皆の光でないといけない。そんな僕をユーリは望んでいたから。僕は君のためじゃなく僕自身のために君を救いたかった。自分勝手で汚いのは僕の方だった。
「バカだな、おまえは・・・オレのことなんて、いっそ頭でも打って綺麗さっぱり忘れちまえば良かったんだ」
忘れさられることを望んでいる。灰羽になってもずっと。オレのことなんて忘れた方がいい。
フレンはユーリの肩を揺さぶった。
「どうして・・・っ‼」
意味がわからない。理解できない。君を知らない僕なんて僕じゃない。身体の半分を引き裂かれるような痛みにずっと耐えてきたのに。それすら君は失えというのか。
ユーリの表情が悲しげに歪む。

「・・・こんなに長くおまえを苦しませたのが、オレの一番の罪だよ・・・」

僅かに震えた声と共にユーリの背中に黒い翼が広がった。いや、まだ完全に真っ黒ではなく、ところどころ灰色の羽が混じっている。罪憑きの羽。ユーリの罪の意識の証。
ユーリは目を細めじっと僕を見据えた後、僕の手を引き歩き出した。いつの間にか解けていた黒髪が涼やかな風に揺れる。僕は黙ってユーリについていった。
子供の頃、喧嘩した後は二人共無言で、ごめんがいえないまま手をつないでいたっけ。しばらく歩いたところでユーリは僕の手を離そうとした。
「フレン、手を離してくれ」
「いやだ」
「おまえはオレとは違う。まだ生きてる。今なら間に合う」
「君はどうするんだ」
「・・・大丈夫だよ。すぐ気にならなくなる」
羽の灰色の部分がまた黒で塗りつぶされるのを見た。僕はユーリの手を一層強く握り、自分の方へ引き寄せた。ユーリが焦ったように僕の名前を呼ぶ。僕はその口を塞ぐように口付けた。ほら、こうすると君は大人しくなる。昔から変わらない。
「ユーリ・・・・・」
君を閉じ込めたのが僕なら、どうにかできるのも僕しかいない。
星の海を独りで彷徨うのはもうたくさんだった。

© 2023 著作権表示の例 - Wix.com で作成されたホームページです。

bottom of page