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『街があれを拒絶しているのではない。あれが街を、巣立ちを拒絶しているのだ』
『誰かにひどく恨まれ、許されず、ここに閉じ込められた。あれ自身強い罪の意識にとらわれている』
『勝手に満足し一人で救われることを拒んでいる』
『今のままではそう長ない』
『しかしあれ自身が、忘れさられることを望んでもいる』
『それでもどうにかしてやりたいのなら・・・』

 

 その日フレンは灰羽連盟の本部を訪ね、帰ってきたところだった。数日晴天が続いた後の雨模様で遠くではゴロゴロと雷鳴が鳴っていた。雨合羽を着て駆けてきた年長の灰羽は息を切らしながらフレンにユーリが倒れたことを告げた。

「まったく、大袈裟だな・・・大したことないって」
ベッドに横たわったユーリはそう言ってひらひらと片手を振った。周囲には黒斑の羽が何枚も落ちている。フレンはユーリの額に手を乗せ大きく息を吐いた。熱があるようだ。しかし倒れたのはそれ以外の理由もあるのかもしれない。シーツに広がる羽。ユーリの羽の黒化は目に見えて進行していた。それが直接倒れたことに関係あるのかはわからないが、ここ数日のユーリは少し様子がおかしいように見えた。その矢先のこれだ。
「おまえ・・・今日、どこ行ってたんだ?仕事、休みだろ?」
「少し調べものをね」
もういいから眠りなよと撫でるとユーリは文句を言いつつも目を閉じた。しばらくすると規則的な寝息が聞こえはじめる。
フレンは心配そうに様子を窺っている灰羽達に問いかけた。
「ユーリがいなくなったら寂しいかい?」
皆不安げに頷く。ユーリはここの母親のような存在だ。誰よりも長くここにいるから誰もが最初から知っている。
「でもね、寂しいけど巣立つなら、いいの」
「忘れるのは一番悲しいよ・・・」
そうだね。大切な人のことを忘れてしまうことほど悲しいことはない。皆がユーリの身を案じている。巣立てるよう願っている。
「フレン、皆ユーリのこと忘れちゃうの?」
「心配しないで。大丈夫。僕が何とかするから。約束するよ」
助けると決めたのだ。二度も忘れはしない。
 灰羽連盟を訪ねたのはユーリを救う方法を探すためだった。これが初めてではない。しかし何度尋ねても話師達は抽象的なことを語るばかりで具体的にどうすれば良いのかはわからなかった。
しかしそれが今回は少し、違った。

「なあフレン・・・いるか?」
「いるよ。ユーリ」
他の灰羽達は皆それぞれの部屋に帰した。今ここにいるのはフレンだけだ。
「何か欲しいものでも?飲み物ならあるよ。林檎も皮を剥けば」
「キス・・・してくれ」
一瞬耳を疑った。驚きのあまり固まってしまったが、ユーリは無言で自分の唇を指さす。聞き間違いではないらしい。
「おまえにうつしたら風邪、治るかもしれねえし」
「そ、そんな理由で・・・?」
「しないのかよ」
「する・・・」
こんな風に誘われたことないのに、乗らないわけにはいかない。フレンは一度大きく深呼吸した後ユーリに顔を近づけた。
「ん・・・」
柔らかな感触。初めてではないのに、心臓が高鳴って顔が熱くなる。ユーリは離れたフレンの顔を見てぷっと吹き出した。
「笑うことないだろう」
「だって、そんなに顔赤くしなくてもよ」
「君のせいだよ」
体調が悪くなければこのまま抱きしめて襲っている。ユーリの額に口づけフレンはため息を吐いた。
このままこの日々が続くならどんなに良いか。最初にこの街に生まれた時には帰らなければと思っていたのに、今ではユーリと共に過ごすこの穏やかな日々が愛おしくて仕方ない。
しかしユーリはもうそろそろ、ここから出なくてはならない。壁を越えて自由にならなくては。
壁は外の悪いもの、怖いものから灰羽達を守ってくれているのだという。穏やかで優しい箱庭。繭から孵り、癒され巣立てるまで。
しかしユーリ自身がそれを拒んでいる。罪の意識がユーリを罪憑きにしたのだと話師は語った。

『・・・それでもどうにかしてやりたいのなら、それはおまえ次第ということになる』
『僕・・・次第・・・?』
『おまえの心持ち次第だ。こちらにはどうすることもできない』
『僕ならなんとかできると・・・?』

 

 


話師は否定も肯定もしなかった。しかしそれはまだ、希望があるということだ。フレンはユーリの手を握り目を閉じた。

 

 目を開くとぼんやりとした視界に金色の頭が映った。自分の看病をしながらそのまま眠ってしまったのか。ユーリは苦笑してその頭を撫でた。これじゃおまえが風邪ひいちまうだろ。
まったく、昔から全然変わらねえな・・・昔、から?
靡くマント。眩しい鎧姿。振り向き、伸ばされる手。
羽が、またじわりと黒くなるのを感じた。思い出すな。思い出すな。まだ・・・
「・・・・・・?」
ふと気配を感じ、ユーリは顔をあげた。黒いマントと仮面。この街を彷徨うかつて灰羽だったもの。なぜここに。驚く暇もなく
亡霊はゆっくりと仮面を外した。フードから高い位置で束ねた黒髪がこぼれる。白い、見慣れた顔。
「どうして・・・」
僅かに透けた手がユーリに触れ、反射的に目を閉じた。
冷たい。間近に自分と同じ顔があった。その唇が小さく動く。
― もう、いいだろ・・・?

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