NEKOPLUS+
真夜中に部屋を訪ねてきたフレンは薄暗い中でもわかるほど青い顔をしていた。
「ユーリ・・・」
「どうしたんだよ。何か怖い夢でも見たのか?」
部屋に引き入れよしよしと頭を撫でてやるとどこか虚ろな青い瞳がゆらゆらと揺れる。伸びてきた手がぺたぺたとユーリの身体に触れた。頬に、肩に、胸に、背に。まるで存在を確かめるかのように。眉をハの字に下げたその顔は捨てられた子犬か何かのようで折角の端整な顔が台無しだ。
「君が・・・遠くに行ってしまう夢を見たんだ」
「そっか。でも、そりゃオレじゃねから安心しろ」
オレはここにいるよ。そう諭しながら背に手を回し抱きしめてやる。すると急に強く肩を掴まれた。
「どうして・・・っ!君だって、本当は覚えているんだろう」
一瞬面食らったがユーリは落ち着いて首を横に振った。まだ夢と現実が混ざっているのだろう。
「・・・落ち着いて、なんならオレが一緒に寝てやるから」
「違う。だって、ユーリ・・・ユーリは、君じゃないか。僕のユーリ・・・」
フレンはユーリと額を合わせ何度もユーリと呼んだ。身動きがとれない。その愛おしげな声に胸がじくじくと痛んだ。
大切な人に会いたいのなら早くここから出てそいつのところに戻ったらいい。記憶が混乱しているだけでフレンの『大切な人』は自分ではない他の誰かだ。大体自分のような奴がこいつの一番なはずがない。もっと、他にいるだろう。もしかしたら、どこか似た部分があるのかもしれない。例えばフレンが好きだと言う長い黒髪、とか。
自分は『もっとこいつに相応しい奴の代役に過ぎない』・・・。
突然、突き刺すような痛みが背中に走った。
羽の付け根が痺れるような感覚。思わず上に乗っているフレンの身体を押し返した。
「ユーリ?」
「は、はなせっ・・・!」
駄目だ。それを、思い出してはいけない。失くしたままでいないといけない。ベッドに寝ていた身体を起こすと眩暈がした。
「・・・悪ぃ・・・なんでもない」
ふるふると羽が震える。しかし顔をあげた時には痛みは綺麗にひいていた。一体なんだったのだろう。ユーリは心配そうな顔をしているフレンの頬を撫で微笑んだ。
「本当に何でもねえから。ほら、来いよ・・・続き、しようぜ」
*
一人、裸のまま鏡の前に立つ。
いたるところについている赤い痕に苦笑しながら背中の羽を見た。黒斑の汚れた羽。少し前と比べて黒い面積が増えたように見えるのは気のせいではないだろう。いつかは真っ黒に染まって、消えてしまう。
せめてあいつがここにいるうちは持ってくれよ。
図体はでかいくせに甘ったれなのだ。年少の灰羽達だってもっと自立している。オレが傍に居てやらないと。
オレが、そばにいてやらないと・・・フレンの・・・?
また僅かに羽に痺れが走った。
『君だって、本当は覚えているんだろう』
フレンがおかしなことを言うから自分もおかしくなる。ここに生まれた幼いころからずっと、その前のことなど何も覚えていないというのに。
うっ血の痕を指先でなぞりながら考える。フレンに求められ体を重ねる度言いようのない罪悪感と、同じくらいの喜びを覚える。泣きたくなるような満たされる感覚。拒まないといけないと最初は思っていたのにできない自分に諦めた。
いや、そんなものはただの言い訳だ。本当はユーリ自身、フレンに触れられるのが好きなのだ。手を繋ぐのも、キスも、セックスも。フレンに触れられると心地よい反面これではいけないと逃げ出したくなる。フレンが求めるべきなのは自分ではない。
ユーリも幼いころはずっと、大切な人のところに戻りたいと思っていた。ここは自分のいるべき場所ではないから帰らないと。あいつのところに。いつごろから諦めたのだったか。
もうあまりに長い年月が経ちすぎてしまってわからない。
ベッドを振り返ると自分のものではない、斑のない綺麗な羽が落ちていた。それを拾い上げ軽く口づける。
光を集めたような金色の髪に宝石みたいな青い瞳。
繭も規格外に大きかったが身体も大きくてベッドまで運ぶのには苦労した。顔を見た瞬間から妙にどきどきして落ち着かず、突然抱き付かれた時には動揺のあまりつい殴り飛ばしてしまった。
ユーリに対する好意を最初から隠そうともせず懐いてくる様はまるで大型犬のようで。外見は物語の王子様のようなのに残念極まりない。
しっかりした腕に捕まえられ頬をすりつけられるとお日様の匂いがした。なぜかひどく懐かしくて泣きたくなった。
普段は真面目で柔和な雰囲気をまとっているくせに、夜は意外と激しくて容赦がない。加減ができないんだと荒い息で言っていた。
夢の内容から考えたというよりも、自然と口から出たその名前。
「フレン・・・オレは・・・」
別れの日はそう遠くない予感がしていた。