NEKOPLUS+
今日も外はしとしとと雨が降っている。外で遊ぶことができず子供たちは退屈そうだ。
「洗濯物が乾かねえなあ」
ユーリはぼやきながら洗った洗濯物を干していく。揺れる髪。細い腰。後ろ姿をぼんやりと眺めていると何さぼってんだよと怒られた。
「ユーリ、少し痩せたかい?」
「気のせいだよ。直接見てんだから知ってんだろ」
それはそうだけれど。僕は立ち上がり後ろからユーリの腰に手をまわした。
「おいこら、後にしろって・・・」
振り向いた顔にキスをする。唇を合わせたままじっと、何秒経っただろう。離れるとユーリはじとっとした目で僕を睨んだ。
「この馬鹿。誰か来たらどうすんだよ」
「ごめん」
「いいからさっさと終わらせるぞ」
ふん、とそっぽをむいて何事もなかったかのように作業を再開する。僕もそれにならった。
ユーリは僕が触れることを拒まなくなった。当然のように抱きしめてキスをして、ユーリの存在を確かめる。夜は子供達を寝かしつけた後に彼の体を求めに行く。ユーリは僕を馬鹿だと言いながら、最初のように抵抗したりはしない。
ユーリとの行為は灰羽としてこの街に生まれて以来穏やかな焦りと空虚感に苛まれていた僕の心を満たした。裸で抱き合い一つになるとずっとこのままでいたいと思う。
しかし灰羽同士のこの触れ合いは掟破りであり、禁忌。そのためなのかユーリから僕に触れてくることはない。それが少し、寂しい。
「はやく巣立てるといいな」
ユーリは僕にそう言う。はやく巣立って、この街を出て、自由になったらいい。灰羽はいつか皆そうしてどこかへ旅立っていく。それが自然なこと。ユーリはずっとそうして、沢山の仲間達を見送ってきた。僕もその一人になるのか。
だとしたら僕はどうしてこの街に生まれてきたのだろう。どうしてここにいるのだろう。何か理由が、目的があったのではないか。最近そんなことを考えるようになった。ユーリに話したらきっと気のせいだと一蹴されるのだろうけれど。
もしそれが本当だとしたら、今のところ一つしか心当たりはない。心当たりというよりも希望に近いけれど。
僕は布で隠れたユーリの背中のふくらみに視線を送った。
ぶっきらぼうに見えるけれどとても優しくて情に厚くて、でも素直じゃない。そして僕はそんな彼をずっと前から知っているのだ。それはもうほとんど確信に近いものになっていた。僕はユーリを知っている。とても大切な人だった。だから僕はこうしてこの街に生まれて来たのではないか。ユーリの言うところの『妄想』。でも僕はそうは思わない。
「好きだよ。ユーリ」
ユーリは何も言わず、振り向くこともしない。でも口に出す度、この想いが強くなる。
*
晴天。街には久々に涼しく爽やかな風が吹いている。街の広場で開かれている市には色鮮やかな丸い物体が沢山並んでいた。見慣れぬそれを一つ手に取ってみる。殻の厚い木の実のようで、振るとカラカラと良い音が鳴った。
「鈴の実だよ。祭に使うんだ」
夏の初めに毎年開催されるという祭。鈴の実には色ごとに意味がありそのメッセージを伝えたい人にプレゼントするらしい。
「それは赤だからありがとうだな」
「へぇ・・・」
赤い実はありがとう。隣に並ぶ黄色い実を手に取ろうとしたがユーリは甘い匂いにつられふらふらと行ってしまう。
「クレープ食おうぜ。クレープ」
ユーリは甘党だ。子供達にもよく甘いお菓子を作ってあげている。甘いものを食べている時のユーリは幸せそうで、僕はそんなユーリを見るのが好きだ。あまりじっと見ていると怒られるけれど。
不意に、見上げた空に光が走った気がした。
青い空に浮かぶふわふわとした雲。そこから光の粒が降りてくる。
「・・・フレン、行くぞ」
一緒に見ていたユーリは光の降りて行った方向、灰羽の家へ走り出した。僕はその背を慌てて追いかける。なんとなくだけれど僕にも光の正体がわかっていた。
灰羽は人の使い古したものしか使ってはいけないという掟通り、灰羽の家も以前は学校か何かとして使われていたようだ。暮らしている灰羽の数に対してとても広いので手つかずになっている部屋も沢山ある。その一室に白い繭が根を張っていた。年少組には近づかないように言いつけてユーリは僕や比較的年長の灰羽達に指示を出す。流石に手馴れている。お湯を沸かし柔らかな布を敷きつめ繭の表面を優しく撫でる。
「大丈夫だから、安心して孵れ」
そう話しかけるユーリはとても優しい目をしていた。
「誰も知らない世界に突然生まれるんだ。誰かが一緒に居てやらないと寂しいだろ?」
ユーリはそう言って新しく孵った幼い灰羽の少女の寝顔を見つめる。僕の時もこうして一緒に居てくれた。だから自分が誰だかわからなくても耐えられたのだ。
僕はユーリの横顔を見た。ユーリは、どうだったのだろう。この街は皆穏やかで優しくて、灰羽としての暮らしは決して悪いものではない。しかしずっと、皆巣立っていなくなってしまってもここにい続けるのはどんな気分なのだろう。十四年という長い歳月を僕には想像することができない。
ユーリはいつか皆の記憶から消えてしまう。
永遠にこの街から出られない。
それは背負っている罪の罰なのだという。犯した罪の償いとして誰からも忘れられたまま永遠の時を過ごす。
一体ユーリの罪とは何なのだろう。
*
「ユーリ・・・背中に手、まわしてよ」
シーツを握りしめ声を堪えていたユーリは僕の目を見て首を横に振った。
「どうして」
「なんか・・・縋ってるみたいで、嫌だ」
僕はユーリの手を掴んでシーツから引き離した。ユーリは嫌だと言ったが無理に抵抗したりはしない。行き場のなくなった白い手は数秒間宙をさまよってから僕の背中にまわされた。腰を深く打ち付けると背中にわずかな痛みが走る。これでいい。僕はこの世界に生まれてからユーリに助けてもらってばかりだけど、僕もユーリに縋られたいし助けたい。そう、助けたいのだ。
「縋ってよ・・・強がってないで」
「なに・・・バカなこと言って、あっ・・・」
反応の良いところを何度も突いてやると段々と甘い声があがりだす。ユーリは耐え切れないというようにふるふると首を振った。
「だめっ・・・あっ、やっ・・・フレ・・・っ」
「ユーリ・・・」
君が好きだよ。ユーリ。