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ふわふわとした心地よい眠り。
枕を抱きしめ頬を擦り寄せる
ユーリ・・・・
背中に手を回して逃がさないように抱きしめる
ユーリ、僕は・・・・

そんな至福の時間は他でもない夢に見ていた人物によって壊された。
「おい朝だぞ。起きろ」
げしっと背中に一発。おそらく蹴りだ。ユーリは足癖が悪い。
目をこすり枕を持ったまま見上げると端正な顔が逆さまに映った。不機嫌な顔でも美人は美人だ。
「蹴ることないじゃないか・・・・」
「オレ、蹴る前に何度も優しく起きろって言ったんだけどな」
エプロン姿のユーリは僕から枕を奪うと足元の方に投げ「朝飯だ」と言って出て行った。エプロンは素敵だ。ポニーテールも似合う。
僕はのろのろと起き上がり顔を洗うべく洗面台へと向かった。朝だというのに窓の外は暗く、しとしとと雨が降っている。そういえばそろそろ雨の多い季節になるとリタが言っていたっけ。

「あ~ フレンねぼすけさん」
「皆おはよう」
食堂に入るといつも通りユーリは子ども達に朝食をよそってあげていた。背中で揺れる布。
朝であってもエプロンをしていてもユーリはケープやマントのようなもので背中を覆っており、僕はユーリの羽を見たことがない。
箒星でのユーリはまるでお母さんのようだ。子ども達は皆ユーリを慕っておりユーリが僕にかかりきりだった時は分かりやすい嫉妬を向けられたりもした。最初こそ怖がられたりしたが今ではすっかり仲良くなり一緒に遊ぼうと朝から誘われる。
「こいつは朝飯まだだから先に遊んでてな」
ユーリは小さな少年少女をと諭し僕の頭に手を置いた。
「フレンお前頭、いつもよりひどいぞ」
「一応直したんだけどな・・」
髪質のせいで大抵朝は髪がぴんぴんはねてしまう。
自分の分の朝食はまだだったらしいユーリと向かい合って手を合わせいただきますをした。食事の前と後は必ず手を合わせ感謝を捧げること。これも灰羽の掟だ。

他愛ない話をしながら食事をしていると突然バンッと勢いよく扉が開いた。息を切らし飛び込んできたのはカロルだった。
「ユーリ・・!」

箒星の三階。その部屋は物は多いが綺麗に整頓されていた。ただ、窓だけは全開に開いておりカーテンがゆらゆらと揺れている。窓の下には何枚か羽が落ちていた。
「普通に一緒に朝ごはん食べたの。ユーリも見たでしょ?」
ユーリは頷いて窓際に寄ると目を凝らした。僕も同じように窓際に寄る。遠く・・西の森のあたりに一筋の薄い光がさしているのが見えた。
「光輪だ」
ユーリが呟いた。
「あとで拾いにいかないと」
その日、箒星から一人の灰羽が巣立っていった。

ある日ふっといなくなるのが習わしなのだという。すべてよし、すべてに満足し満たされた気分になったら姿を消す。それはとても幸せなこと、らしい。
ユーリが皆に少女の巣立ちのことを伝えるとある者は祝福の意をあらわしまたある者は悲嘆に暮れしくしくと泣き出した。巣立ちをよく理解していない子供たちにとっては友達が突然遠くへ行ってしまった寂しさの方が大きいのだろう。
僕もまだ巣立とはどういうものなのかよく分かっていない。


「どんな気持ちになってどこに飛んでいくのか、そんなのその日が来た奴にしかわからねえよ。でも自然なことだ」
「君は僕よりも早く巣立ってしまうのかい?」
するとユーリは「それは無いな」と笑った。どうしてそう言い切れるのだろう。
ユーリがいなくなってしまうことを思うと怖かった。
ここでの生活は悪くない。しかし、ユーリがいなくなってしまったら僕は、
「オレはいなくならねえよ。先に巣立つのはお前だ」
まっすぐなユーリの瞳。くらりと眩暈がした。
星空の下、繋いでいた手を離す。すると君は笑って 空と地面が入れかわる。
不意に頭の中に浮かんだイメージ。そうだこれはいつかの夢の忘れていた部分。
「ちょっとおい、大丈夫か?」
「・・・・」
支えてくれようと手を伸ばしたユーリをそのまま抱きしめた。こうすると心が落ち着く。
この世界で目覚めてからずっとそうだ。
僕はユーリをつかまえておきたくて仕方ない。
それは喉が渇いたら冷たい水を飲みたくなるのと同じで感情というよりは本能的なもののように思えた。

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