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夜明け前。
まだ起床時間には遠いが、年長の灰羽も年少の灰羽も皆窓から西の森の空を見つめていた。空から差す光は二本、寄り添うように並んでいる。
誰が巣立ったのか、尋ねるまでもなかった。フレンは約束を果たしたのだ。しばらく誰も窓から離れようとしなかった。
夜が明ければまたずっと繰り返されてきた通り穏やかな一日が始まる。
一羽の鳥が二本の光の間を通り壁を越えてどこかへ飛んでいった。
*
閣下・・・フレン閣下・・・‼
おい、医者を呼んで来い・・・治癒術師も・・・
ばたばたがやがやと騒がしい。一体ここはどこでいつなのか。
右手をよく知った手に握られた気がして僕は目を開いた。視線を巡らせても目当ての人物はいない。
・・・いや、いるはずはなかった。体がひどく怠い。
僕は深手を負って運び込まれたまま数ヶ月意識を失っていたらしい。涙ぐみながら報告する部下に礼を言い、目をぎゅっと瞑った。瞼の裏によみがえるのは夜明け色の彼の瞳。
「長い長い夢を見ていたんだ・・・ユーリに、会ったよ」
「そう・・・ですか。ローウェル隊長はなんと・・・?」
「僕のこと、バカだってさ・・・」
彼は相変わらずですねと眉を下げて笑った。そう、僕にそんなことをいうのはあいつくらいだ。どこに行っても、ユーリはユーリだった。自分勝手で、強がりで、優しくて。
僕は目覚めてからずっと右手で握りしめていた黄色い実を光にかざした。ネックレスのように紐がついている。
「なんですか・・・?それは」
「お守りだよ。いろんな色があって、それぞれ意味があるんだ」
「それはどういう意味なんです?」
「・・・『私はバカです』っていう意味だよ」
*
空には三重の結界。世界のどこよりも頑丈に守られた皇帝の住処。栄華の象徴。しかし特に貧しい者たちが暮らすこの一帯は身寄りのない子供達も多く治安も良くはない。
「おい、ユーリ。なにぼーっとしてんだよ。早く帰らねえと怒られるぞ」
呼びかけられた黒髪の少年は軽く返事をし、座っていた煉瓦の塀から身軽にとび降りた。肩まで伸びた髪と中性的な顔立ちは黙っていれば少女のようにも見える。夕日に照らされ少し大人っぽく見える横顔にどきりとした少年は照れ隠し代わりに尋ねた。
「なあ、おまえがいつも首から下げてるそれって何なんだ?」
振ると鈴のような音が鳴る綺麗な黄色い実。ユーリはそれをいつも首から下げている。まるで猫の首輪の鈴のようだ。
「ん~、わかんねえ。物心ついた時から持ってるから、すげえ大切なものだっていうことしか・・・でも、綺麗だろ?」
ユーリが得意げに紐を揺らすとカラカラといい音が鳴る。
「この音聞くと、何でだか落ち着くんだ」
ユーリは目を瞑った。鈴の実を鳴らすと誰か大切な人に名前を呼んでもらっているような気分になる。
雲一つない夕暮れの空には少しずつ星が瞬きはじめていた。
それを見上げ大きく息を吸い込み、ユーリは駆け出した。
君を抱きしめたまま僕は星の海の中を落ちていた。
いや、どちらが上なのか下なのか、もはやわからないけれど。
抱きしめた体はいつかのように冷たくはない。
「やっぱりオレは、おまえには勝てないのな」
僕の胸元に顔を押し付けたまま君が言う。
「僕は君のことを愛してるからね」
「おまえって、バカだよな」
「君だってわからずやじゃないか」
君は顔をあげ僕をみつめた。
瞳の中に僕が映っている。
「オレだって・・・オレの方が、おまえのこと」
好きだ
「いてえよ」
「我慢しなよ」
今くらい僕の腕の中でおとなしくしていてくれてもいいだろう。
また、君に会えるまで