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ねぇ、ユーリ
君はどこへ行ってしまったんだろう・・・?

 

 

 

 

 

 

「隊長・・・ローウェル隊長」

ザーフィアス城の長い廊下の先。冷たい石の床に硬質な足音が響く。窓から入る光に照らされた後ろ姿はスラリと細く、女性か男性か判断に迷うようなシルエットをしていた。
呼びかけられ振り返った青年は小首をかしげ腰に手をあてる。それに合わせ高い位置で結った長い黒髪が尻尾のように揺れた。男・・・まだ年若い青年である。
「どうしたんだ?」
「シーフォ騎士団長代理がお呼びです」
彼は肩を竦め薄く笑みを浮かべた。
青年の名はユーリ・ローウェル。下町、所謂下層民街出身の隊長は現在騎士団に二人しかいない。ユーリはその一人である。率いている隊も主に市民街や下町出身の騎士達で構成されている。
ユーリを呼び止めた若い騎士もまた、その一人だった。
「オレ、何か呼び出されるようなことしたっけな」
ユーリはわざとらしくとぼけるような口調でそう言って額に指をあてる。若い騎士は苦笑した。何というか、心当たりがありすぎてわからない。規則破り、貴族との衝突、皇族への無礼。この隊長はいつも何かしでかしては呼び出しをくらっている。しかしそんな彼のことを隊の者は皆何だかんだで慕っていた。それは彼の人柄によるところが大きい。
「ローウェル隊長は団長代理とは親友同士と伺いましたが」
「ん?まあ、腐れ縁ってやつだ。おまえ、まだ新人だもんな。やっぱりフレンには憧れるか?」
「はい!あ、勿論ローウェル隊長のことも尊敬しています!」
「お世辞はよせよ」
世事などではなかったが意外と照れ屋で取り合わずに流してしまう。口が悪くさばさばしているが見た目よりもずっと面倒見が良く常に隊の者を気にかけている。ユーリ・ローウェルはそんな人間だった。

誰が最初に呼んだのか、二つ名は地上最強の黒獅子。
容姿だけではピンと来なくても戦う姿や剣さばきを見れば誰もが納得する。大胆不敵にして柔軟で華麗。先の戦いにおいて皇族を救ったことでその名を知られるようになり、騎士団内の勝ち抜き試合でもその剣技で話題をさらった。
家柄が重んじられてきた騎士団においては良くも悪くも異質な存在である。

廊下を逆方向に歩いてきた貴族出身の騎士はユーリの姿を認めると僅かに眉をひそませ、軽く挨拶を交わしながらも見下すような視線を浴びせかけた。ユーリは知らないふりをして無表情に通り過ぎる。いつものことだった。
**

「遅くなりました。フレン騎士団長閣下」
張りのある声で名を呼び、ぴしりと背筋を伸ばし一礼する。
青い瞳が不愉快そうに細まった。
「ユーリ。僕はまだ騎士団長ではないよ」
柔らかな色合いの金色の髪に端正で甘い顔立ち。健康的な肌色。服の上からでもわかる鍛えられた肉体。しかし今その眉間には大袈裟なほどしわが寄っている。
「最初につっこむのはそこなんだな」
ユーリは姿勢を崩し肩を竦め、ゆっくりと彼に近づいた。
フレン・シーフォ。次期騎士団長。聡明かつ公正。謹厳実直で強い正義感を持つ、理想の騎士の姿を体現したような青年であり・・・ユーリの幼馴染。
向かい合うと目線の高さは同じ。幼いころから一緒に成長してきた二人は背の高さもずっと同じだった。
「どうした?また気難しい顔して」
頬に触れ微笑むとフレンは口をへの字に曲げる。誰に対しても物腰柔らかく優しい彼がユーリ以外の前では絶対にしない表情。フレンは少し言葉をためてから口を開いた。
「君が、聖騎士の称号を得ることを渋っていると殿下に伺った」
「ああ、な~んだ。あの話か」
深刻な口調にユーリはあえて気抜けしたように軽く返した。フレンの目が僅かに鋭くなる。
「なんだとはなんだい。殿下直々の御指名なのに一体何を考えているんだ」
怒気をはらんだ声にユーリはため息をついた。そんなユーリの態度が更にフレンの神経を逆撫でする。フレンはユーリの肩を掴み逃げられないよう壁に押し付けた。しかしユーリは動じない。顔に似合わずすぐ手が出るのは昔からだ。
理想の騎士の姿を体現したようなフレンは、ユーリと二人きりの時だけ表面の外殻を取り払ったかのように年相応の顔をのぞかせる。

「ユーリ、君は・・・っ!」「あのなフレン」

言葉が重なり、二人とも黙り込む。ユーリは一度言いかけた言葉を飲み込んでから小さく首を横に振った。
「オレはそういうの向いてねえよ。わかるだろ?」
同意を求めてもフレンは頷かない。
「向いているか向いていないか決めるのは君じゃない」
「・・・・・・」
「君は騎士団で、これから聖騎士として殿下にお仕えし僕を支える立場になる。それが一番帝国のためになるし、殿下もそれをお望みだ」
決まりきった台詞のように断定的な口調。まるで反論など許さないと言うような。ユーリはむっと顔を顰めた。小言を言われるのはいつものことだが今日は少し様子がおかしい。
「おまえ、何かあったのか。らしくねえぞ」
「別に、事実を言ったまでだ」
フレンはまた口をへの字に曲げる。こうなったら問い詰めても無駄だ。ユーリはフレンの身体を押し返した。思ったよりも簡単に拘束は解ける。
「話はそれだけか?」
この後は部下に稽古をつける予定が入っているのだ。用件がこれだけならば長居する必要はない。これでもそれなりに忙しい身なのだ。フレンには遠く及ばないが。
「・・・君は、僕との約束を覚えているかい」
約束。フレンが何のことを言っているのかユーリにはすぐにわかった。
「おまえと一緒にこの帝国を変える。皆が笑顔でいられる世界を作るってやつか?・・・心配すんな。忘れてねえよ」
「なら・・・僕の言う通りにしてくれ」
二人で交わした幼い日の約束。ユーリはフレンの口端に軽く口づけ、そのまま背を向けた。
このまま言葉を重ねてもきっとらちが明かない。
**


 願っていることは同じなのだ。
しかしそれ以外の部分がどうしても噛み合わない。ユーリはフレンの望むように生きる自信がなかった。
「ユーリ隊長・・・その、騎士団をお辞めになるという噂は本当ですか?」
「ん?どっから聞いたんだよ。辞めねえよ」
「他の隊の者が話しているのを聞いたので・・・違うのですね。安心しました」
「なるほど。フレンもその噂とやらを聞いたのかもな・・・」
「団長代理がなにか?」
「いや、こっちの話だ」
笑みを浮かべ答えつつ心中は複雑だった。自分は根本的に騎士には向いていないのではないか。そんな思いが隊長になった今もずっと胸の底でわだかまっているのは本当だ。
 騎士は、不自由だ。勿論騎士でなければできないことも沢山ある。しかし法や規則に縛られ目の前の人々を助けられない現実にも何度も直面している。
秩序、建前、体面。やっと変わって来たとはいえまだまだ騎士団は貴族の身分制度を引きずっている。
見習いや下っ端であった時には上官の忠実な手足であることを求められた。税率の引き下げを求めデモをする住民たちを剣で制圧しろと命じられそれを拒んだユーリは懲罰と称して嬲られた。その時の傷は未だに残っている。
そして隊長となった今は、上官である自分が無茶をすれば隊員達にも影響が及んでしまう。隊長は部下の命を預かる責任ある立場である。組織の一員である以上どうしても行動は制限される。
長い目で見ればより多くの命が救われると言っても、では今死んでいく人々を見殺しにしろというのか。以前そう問い詰めた時フレンはその問いに答えられなかった。命とは数の多寡で測れるものなのか。身分によって重さが違うのか。今は仕方ないと諦めて良いものなのか。答えは決まっているのに、時にはそれに矛盾した行動を迫られる。それが騎士の現実だった。
 目の前の助けたい人々を自分の手で直に救い、その全責任は自分のみが負う。たまに、そんな風に生きられたらと思う。束縛から逃れ自由に世界を巡り救える命を救いたい。制限された区域で騎士や貴族に虐げられながら育ち生活してきたユーリにはずっと自由への渇望にも似た思いがあった。栄誉も肩書きも人々からの賞賛も自分には似合わない。
しかしそれは、一番大切な人間の傍から離れて生きることを意味している。
**


「ふっ・・・う・・・んあっ・・・」
 ずっと一緒だった。幼いあの日に出会ってから。毎日のように喧嘩と仲直りを繰り返し、寒い夜は身を寄せ合い体温を分け合った。棒きれを使った剣の稽古。坂道でのかけっこ。
はじめてキスをしたのは十二歳の夏だった。
お互いの性器におそるおそる触れたのは十四歳の春だった。
身体を重ねたのは十六の冬だった。
「んっ・・・あ、あっ・・・」
二人にとってはごく自然なことだった。しかしそれが普通ではない、異常な関係なのだと騎士団に入ってからは自覚せざるをえなかった。ユーリはフレンとの関係をずっと隠してきた。
騎士団長になる男にそんなゴシップはいらない。
「・・・ここが、いいのか」
「あっ・・・う、やめっ・・・」
「素直じゃないな」
お互いの身体のことは知り尽くしている。フレンはユーリの感じる部分をわざと焦らすように刺激し揺さぶる。勃起した性器を握られユーリは小さく悲鳴をあげた。
「ユーリ・・・ユーリ。こっちを見てよ」
名を呼ばれ、それに応えた。目が合うと心なしか満足げに青い目が笑う。フレンはユーリに自身を深く咥えこませたまま前髪をかきあげた。昼間の姿からは考えられない雄の顔。なんていい男なんだろうと毎回のことながら思う。
「あっ、あっ・・・・くぅ・・・ん・・・」
「んっ・・・」
「フレ・・・熱・・・」
身の内で射精される感覚。
もし、自分か女だったら・・・注ぎ込まれる熱を感じながらそんなくだらない妄想が脳に浮かんで消えた。
**

「おまえ、いい加減オレから卒業して彼女とか作らねーの」
フレンはぱちくりと目を瞬かせた後、顎に手をあてた。
「できれば、君としたい」
「ばぁか」
ぐしゃぐしゃと金髪をかきまぜてやるとフレンは不服そうに目を細める。不機嫌な大型犬みたいだ。
「冗談で言っているわけじゃないよ」
「なら余計に駄目だろ騎士団長閣下」
「だから、まだ違うと言っているだろう」
フレンはユーリを抱き寄せ大きくため息をついた。
「・・・なんだか、最近僕ばかり君のことが好きで、執着しているみたいで悔しいな」
まるでユーリからの愛が足りないとでも言うような。
ユーリは反論しようと開いた口を閉じた。違うのだ。自分がフレンに抱いている感情は、フレンのそれよりもきっと重い。
フレンはユーリにとって光そのものだ。誰より愛しているから誰より幸せになって欲しい。多くの人に慕われ正当に評価され高いところへ登りつめて欲しい。自分の、ではなく皆の光になって欲しい。人の輪の中心で輝いているフレンを見るのが、ユーリは好きだった。
「僕は君がいないと駄目なのに、どうせ君は僕がいなくても平気なんだろう」
いじけたような口調に少しカチンときた。こんなにずっと一緒にいるのに全くわかっていない。そういうことではないのに。
「おまえはオレのこと買いかぶり過ぎだよ。いっそ一回忘れちまった方がいいんじゃねえの。オレなんかよりおまえに相応しい奴が見つかるかもしれねえぞ」
わざと投げやり気味に言うと今度はフレンが眉をつりあげた。
「相応しい奴って・・・!君の代わりになる人間なんて、いるわけないだろう!どうして君はすぐそうやって自分を卑下したがるんだ。この前だって、」
「卑下とかじゃなくて、これでも色々考えてんだけどな」
帝国の未来を導く騎士団長。
しかしその隣に自分は必要なのか。フレンが自分に求めている立場にはもっと相応しい人間がいるのではないか。最近よく、そんなことを考える。フレンはユーリをどうしても傍に居させたがる。ユーリがいるせいでまともな恋愛もできない。家庭を持つこともこの分では無理だろう。
 もっと誠実で、規律を守り騎士団長を支えることのできるような人間を傍に置き、優しく魅力的な女性と一緒になり家庭を築いた方がフレンにとって幸せなのではないか。自分の存在はそれを邪魔する枷になっているのではないか。
「オレはこれでもおまえのためならなんでもしてやりたいって思ってるんだぜ」
「なら僕の隣にいてくれ・・・君の力が必要なんだ」
懇願するようにそう言って、フレンはユーリに口づける。
舌を絡ませ合い熱を共有しながらユーリは目を閉じた。
自分の居場所と立場に疑問を感じているのに。このままでいいのかと思っているのに・・・悔しいことに、こうして触れられキスをされるとどうしようもなく満たされてしまう。
子供のころから何をしてもフレンには勝てなかったが、今でも変わらない。結局、敵わないのだ。
「フレン・・・」
それならせめて、オレもおまえがいないと生きていけない、ずっとおまえの傍にいたいって、言えるような人間だったら良かったのにな。

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