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同田貫正国は自分が何者なのかよく知っている。

 

自分は刀である。肥後の地より生まれ、数多の兵と共に戦った刀である。

丈夫で扱い易く、人を叩き斬るのに適するよう作られた彼は多くの兵に愛された。

同田貫は特定の誰かの刀ではない。彼を手に取り戦う者が彼の主である。

彼は戦場のいたるところにいた。

強さは技量のみの問題ではない。最後の瞬間まで戦意を失わない者が、強い。

いかなる状況にも怯まず、断固たる殺戮への意志を持つ兵。

その手が持ってこそ彼はその力を存分に発揮した。




 

第6世界 2205年

【本丸】


 

肥後もっこすという言葉がある。

熊本の気風を現す言葉で、

正義感が強く一度決めたら梃子でも動かない頑固者。質実剛健である様をいう。

同田貫という刀は、そうした風土で生まれた。

 

「あ~あ、早く次の戦が来ねえかな」

 

ゆるやかな風の吹く縁側。黒い衣装に花びらが一枚散った。

顔には大きな刀傷。ぐりぐりした金色の眼光。

異様な風体だが、どこか愛嬌も感じさせる。

彼はひとつ大きなあくびをすると動物のようにぐっと手足を伸ばした。

 

ぱたぱたと子供がかけまわる足音が聞こえる。短刀だろうか。

はしゃぐ声も聞こえる。こっちは子供じゃない。

・・・ここは奇妙な屋敷だ。

古今東西の名のある刀が人の姿なんてものを与えられ、一人の主に仕えている。

彼は豪華絢爛な衣装も風流などを解する心も持たない。

彼は美術品ではない。

無駄な飾りなど必要ない。

戦場でできるだけ長く、しぶとく、そして豪快に、戦うための刀である。

量産された実用刀という意味でも、この本丸にいる他の刀とは根本から異なっていた。

別段居心地が悪いとも思わない。この、人の姿形というのも悪くない。

見た目はどうでもいいが、戦場を自分の足で駆けるというのはなかなか面白いものだ。

だから早く、次の戦に出たい。

 

彼は刀だ。実用刀だ。それしか興味がなかったし、それ以外をしろと言われても困るのだった。



 

 

第5世界の幻獣と人との戦争。

九州で一番の激戦区となった熊本で活躍した、モコスという戦車があった。

 

熊本の気風をあらわすモッコスから名が取られた小型駆逐戦車である。

形式名称 MMD-001A/B <式神号>。

幻獣上陸で戦場になり、沢山の学兵と共に見捨てられんとしていた熊本の意地の化身のような戦車であった。

開発から実戦投入までたった2ヶ月という期間だったのも伝説と化している。

小さなボディにつけられる限界までつけた分厚い装甲。無理やり積んだ士魂号用の120mm砲。

見た目は悪く機動力もなかったが、モコスの名の通り一度戦場に赴けばしぶとくしぶとく居座り120mm砲を撃ち続ける恐ろしい戦車であった。

ぶっ壊れたらその装甲を盾として使われ、数多くの学兵を救った。

 


 

ふと視線を感じて、同田貫はそちらを見た。

 

今まで気配などなかったのに、すぐ傍に男が立っている。

「なんだ・・・?おまえ」

男は同田貫の目を見てぽややんとした笑みを浮かべると、並んで腰掛けた。

人工的な青い髪に青い目。普通の人間には見えないが、刀でもなさそうだ。

そのまま、何か言うのを待って十数秒・・・ただじっと見られ、痺れを切らして口を開く。

「・・・なんなんだよ!つーかあんたはどこの誰だ」

 

頬杖をついて楽しそうに微笑む青の厚志。

同田貫のリアクションに犬みたいでかわいいなぁなどと思っている。

いや、同田貫だから狸かな?

どちらにせよ本人が聞いたら怒るだろう。

「戦がないと暇?」

のんびりと青は言う。同田貫はふんと鼻を鳴らした。

「あたりまえだろ。俺は刀だ。美術品でもない」

「そうだろうね。君は」

青はふふっと笑う。まるで知っていると言わんばかりに。

青い目が懐かしそうに細まる。

「僕のいた部隊は熊本・・・肥後にあってね。君の実家にも、随分世話になった」

「へえ」

同田貫は少し目を開いてこの妙な青い男を見た。優男だが、確かにその気配は戦う者のそれだ。

血で濡れるのに慣れた者だ。同田貫はそれに関しては鼻がいい。

警戒心が若干和らぐ。彼は難しい性格はしていない。

「形も材質も君とは少し違うけど。同田貫派の人たちが打ってくれた剣でね」

「いい刀だろ?丈夫で強くてさ」

「ああ。持久戦で使う刀はとにかく丈夫じゃないと。話にならない」

青の拳が同田貫の肩に触れた。その手が武器の点検をするようにとんとんと移動する。

背は高くないが筋肉質。人間にするとこんな感じなのか。

心意気は式神号、モコスにも似ている。士魂号にも似ている。熊本の兵器はどれも無骨で飾り気がない。

だが、信頼に足る。

刃の厚い豪刀。切るためではなく殺し続けるための、最後の最後まで戦い続けるための道具である。

 

同田貫は触れられてはじめて、こいつはやばい奴なんじゃないかと、今更思い始めた。

細かいことは気にしない彼でもおかしいと思うくらいにおかしい気配。

というかこちらの質問に答えていない。なれなれしく触る手を振り払う。

「主でもねーのに触るなっての。で、あんたは誰なんだ?」

「僕の名前は青の厚志。どう、暇なら手合せでもする?これでも、白兵戦も得意なんだ」

ナンパでもするような口調で青は言った。


 


 

5121小隊

 

第5世界時間1999年、熊本での攻防戦のため作られた3機の人型戦車・士魂号を主力とする学兵部隊。

欠陥兵器と呼ばれる士魂号を扱っていることと問題児や前科者が多いことで落ちこぼれの実験的小隊と一般的に認識されている。

優秀な戦車兵を輩出することで有名な尚敬高校の隅に間借りする形で設営されたプレハブ校舎を基地とする。

人数は22名。

士魂号の整備に人手が必要なためその半数以上が整備士。

パイロットは予備なしの4名。


 



 

第5世界 1999年 3月下旬

 

 それは、悲惨な戦争だった。

 

 九州最後の砦、熊本。古くから火の国、または肥の国と呼ばれてきた土地。

「学兵動員法」により各地から強制徴募された14歳から17歳までの子供たちがこの地で慣れない銃を握り、

戦車に乗り込み戦い、そして無残に死んでいった。

本土に幻獣が上陸するまでのただの時間稼ぎとして、子供達は熊本もろとも捨て駒に選ばれたのである。

 

特に人型戦車、士魂号のパイロットは機体と直接神経接続するため遺伝適性がないと動かすことすらままならない。

だから“速水厚志”はわざわざ遠くから徴兵されてきたらしい。

・・・それが俺にとっては幸運だったのだから本当に皮肉なものだ。

速水厚志の名前と身分を奪ったものはつくづく思う。

 

夕暮れの尚敬高校の校庭。速水はひとりで走っていた。

指定の体操服。まるでごく普通の、部活中の少年に見えた。

士魂号はパイロットの運動能力がそのまま反映される。

ゆえにパイロットには遺伝適性に加え高い運動能力と持久力が要求された。

生き残る確立をあげるために努力することは、速水にとってごくあたりまえのことだった。

 

休憩していると、不意に気配を感じた。振り向くと冷たいペットボトルを投げられる。

体格のいい長身の男が立っていた。

「あ、来須・・・先輩」

「・・・森からだ」

ぼそりと来須は呟く。

来須銀河は戦車随伴歩兵・・・通称スカウトである。

イタリア系移民で金髪碧眼。小柄で線が細く少女じみた容姿の速水と並ぶとまるでライオンと子猫といった風情だった。

身長差は25cmもある。

来須は速成パイロットの速水達と違い歴戦の兵である。滝川などは先輩先輩と呼んで慕っていた。

それにならって速水も先輩と呼ぶ。

同じ基準なら瀬戸口なども先輩なのだが、なぜかあれはそう呼ぶ気になれない。

「ありがとう。森さん、僕がここにいるって知ってたのかな。後でお礼を言っておかないと」

速水はふわりと微笑むとありがたくペットボトルを空ける。細い首筋に汗が伝った。

来須は帽子を被り直し、隣の少年を見た。

速水厚志は5121小隊のエースパイロットである。

こんなまったくもって戦争には不向きそうな見た目をしてはいるが、士気の高い優秀な戦士だ。

彼の駆る士魂号は戦場においては冷徹な殺戮機械と化す。

「そうだ・・・あ、えと、先輩」

「・・・」

「カトラスの扱い、教えてもらえませんか?」

来須は僅かに片眉をあげた。


 

超硬度カトラスとは、軍刀の代わりに使用されている刃渡り40cmほどの剣である。

製法は日本刀と同じで、熊本で鍛造されている。

肥後は古くから実用刀を生み出してきた土地であり、この戦争においては再びその技術が活用されていた。

 

来須の太い腕が速水を何度目か叩き伏せた。

士魂号と同じように両手に装備した模擬刀が音を立てて地面に転がる。

貴重な戦車兵に怪我をさせないよう相手するのはそれなりの技術が要る。

まして速水と来須の体重は倍近く違うのだ。握った腕は華奢で、簡単に折れそうでこわい。

だが流石に勘も反射神経も抜群にいい。ためらいのなさもいい。

息を切らしながらも、戦意を失わない青い瞳が来須をまっすぐ見据えた。

先ほどまでの穏やかな少年の目ではない。冷静に、体格で圧倒的不利な来須の隙を突かんと頭を巡らせている。

その青い色がひどく危なっかしいものに見えて、来須は小柄な少年をじっと見つめた。

少し考えて、口を開く。

「速水」

「は、はい」

「人が本当に強くなるのは、弱点を含めた自分と他人の全部を信頼できた時だ」

「・・・」

「・・・信頼しろ。同じ戦場にいるんだ。おまえの困難は俺たちで立ち向かうものだ」

帽子の下から青い瞳がのぞく。

速水は素直に、この人が味方で一緒に戦ってくれるのは嬉しいと思った。

今までずっと、自分を陵辱する者をどう利用するかしか考えてこなかった。

彼の中にはまだ友人だとか仲間だとかいう概念は確立していない。

だが、心強いのはわかる。

「信頼するっていうのは、多少無茶をさせることだって舞が言ってました」

速水は微笑んで、落ちた模擬刀を拾う。

少年が満足するまで付き合うつもりで来須も構えた。

 

速水を名乗るものは思う。

ここで生き残れる保証はないがあの白い壁の中で切り刻まれて過ごすよりはずっといい。

彼には名前がなかった。

廃棄が決まってからは実験体ですらなく、ただ犯され喘ぐだけの玩具だった。

それすら利用して、媚びて騙して殺して、生き延びてきた。

だからここでも、絶対に生き残るつもりだった。



 


 

2×××年 第6世界群 未明


 

「同田貫がかわいくてさ」

 

主、青の厚志の呟きに瀬戸口隆之は硬直した。端整な顔が盛大に引き攣る。

過去の惨劇が走馬灯のように頭をよぎった。

「あ~・・・厚志、」

「人の姿になるとあんな感じなんだなって。懐かしいよね」

青は器用に“こんのすけ”の人形を縫いながらふふっと機嫌よく笑う。

瀬戸口はこめかみを押さえてから青の肩を掴んだ。

「いや、だめだぞ」

「何が?」

「なにがじゃない」

「やだなあ、君は僕を信用できないの?隆之」

青は小首をかしげる。この世の全てを許すかのごとき優しい微笑み。

瀬戸口はすみれ色の目を細め迫真の顔で言った。

「俺の女癖と同じくらい信用できない」

「自分で言うのそれを」

なにせ前科がある。

 

青という男は、かわいいものが好きだ。猫やら犬やらペンギンやら。

“旦那”に言いつけられているため女子には一定以上近づかない。

というかそもそも旦那以外の女に興味がないように見える。

 

だが男は別だ。

 

瀬戸口は公言している通り、女の子が好きだ。

守備範囲は幼稚園児から老婆まで。女性には無制限で親切なのが瀬戸口という鬼であり、昔は女性と子供の守り神としてまつられていたこともある。

・・・だから青が、筋骨隆々な野郎を見るにつけ「おっきい犬みたいでかわいい」などとのたまう感性はまるで理解できない。

速水を名乗っていたころの青なら確かに小さくてかわいかったが。むさい野郎にそれはないだろ。

朴訥とした軍人である谷口を気に入ってその家にドッキリで夜這いの真似事を仕掛けた挙句、旦那に谷口姉の方と寝たと勘違いされ引き起こされた事件は直接現場にいなかった瀬戸口の記憶にも深く刻み込まれている。

ニーギは腹を抱えて爆笑していたが。

後日げっそりした顔で『起きたらなぜか下着姿で、横に俺のシャツを羽織った半裸のあなたのボスが寝てました』と報告される身にもなってほしい。

「大丈夫だよ。今回は女の子と間違えられるってことはないから」

「そういう問題じゃなくてな」

やめろ。サムズアップをするな。

 

瀬戸口は頭痛がした。


 


 

第5世界 1999年 3月下旬

 

既に日の暮れた時刻。

整備テントの明りに照らされてバンダナを巻いた少女が真剣な顔で士魂号を磨いている。

彼女は5121小隊3番機の整備士だった。

3番機は複座型で、単座の10倍の情報処理能力を持ち弾道ミサイルを積んだ歩く火薬庫である。

重量ゆえ機動力の面でかなり劣るため元は支援機として作られた機体だが、5121小隊の複座型は敵の群れの真っただ中で立ち回りを演じるエース機だ。

なぜならパイロットが、天才だからである。

「森さん」

「わっ!?・・・ととと」

足場の下から声をかけられ森精華は思わず持っていたクロスを落としかけた。

見ると、ちょうど顔を思い浮かべていた少年がすまなそうにこちらを見ている。

3番機パイロット、速水厚志。

「ごめん、驚かせたかな。大丈夫?」

「そったらこと・・・、大丈夫、です」

森は標準語、標準語と自分に言い聞かせた。

一瞬火照った顔を冷ましてから改めて下を見る。

速水は数時間前に遠くから見たのと変わらず指定の運動着姿で、あちこち汚れていた。

「飲み物ありがとう」

「スカウトの二人に渡したついでです・・・風邪、ひきますよ。着替えた方がいいんじゃないですか」

「あはは。そうだね。来須先輩に白兵戦を教えてもらってたら汚れちゃってさ」

「白兵戦・・・」

まったく似合わない。顔に出たのか速水は苦笑する。

「舞が弾を節約しないとならない時は僕が大太刀を振ることになるし。もし大破して脱出することになったらカトラスが必要だろうしね」

「大破させないでください」

「ごめん。もしもの時だよ」

戦場での大破、脱出とその後のパイロットの生存確率は知っている。あまり考えたくなかった。

「3番機の整備、完璧にしました。絶対に壊さないでください」

「ありがとう」

「・・・壊したら、帰ってきてあやまってくださいね。部品の替えはありますけど、パイロットの替えはきかないんですから」

速水の優しげな青い瞳を見て、森はまた顔に熱が集まるのを感じた。

慌てて士魂号に向き直る。

お願いだからあの人を護ってと祈りをこめて機体を磨いた。


 



 

第6世界 2205年

【本丸】

 

同田貫正国は空を見ていた。空は薄紫色をしていた。

 

黒い衣服はボロボロになり、肋骨と呼ばれる骨がいくらか折れているようだ。腕もおかしい。

なるほど人間の肉体というのも中々難儀だ。

自分を持ち、戦い散っていった名もない兵達のことを思いながら同田貫は薄く笑った。

五分も斬り込みゃ人は死ぬってな。

横には青い髪の男が座っている。

「あんた、今までどのくらい殺した?」

「どうだろう。部隊にいたころは、勝手にカウントされてたんだけど」

カウントされ、軍の宣伝として勝手に使われた。死んでいった学兵の数が報道されることはなかった。

世界は死と理不尽で満ちていた。

青が手をかざすと、青い光が舞う。リューンが収束し同田貫の破壊された鎧や骨が元に戻った。

青い瞳が優しく細まる。

「君の顔の傷はそのままなんだね」

「ん?こいつは元々だ・・・見栄えとかどうでもいいだろ。武器は強いかどうかだよ」

同田貫は自分の顔に触れた。特に気にしてもいない。

戦場の刀は丈夫で強く、量産できるものがいいのだ。

たとえ戦場以外で価値を認められなくとも。

同田貫は自分が何なのか疑ったことはない。自分は実用刀である。

「君らしいね」

「そうかあ?」

「ここで一番、戦場を見て一番人を斬ってきただろ?」

同田貫は胡坐をかきへっへと笑った。

「ま、そりゃ俺は“俺たち”だからな」

血と土煙と火薬のにおいのする戦場の、いたるところに同田貫はいた。

「満足した?」

「そのすかした顔に一発ぶちこまねえと気がすまねえかな」

よっこらせと立ち上がる。

青は同田貫のたたずまいにやっぱり狸っぽいなあ、狸はいい、などと知られたら確実に同田貫がキレそうなことを思いながら剣を構えた。

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