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絢爛舞踏を知ってるか?

舞うように死をばらまく美しい化け物だ。

 

ただの人から生まれ出て、自分で望んでそうなった化物さ。

殺まくってまで守りたいものがあるのか、

それとも単に殺すのが好きなのか・・・。

どちらにせよゾッとしない話だ。

 

とりあえずまともじゃない。

そりゃ、そうだけどな。

そう呼ばれるもののほとんどは人類のために人類の敵になるそうだ。

 

・・・おまえは本物の絢爛舞踏を、見たことがあるか?



 




 

第6世界群 時間不明


 

黒い影が揺れる。

 

絶望。憎しみ。世界を終わらせんとする意思。

それしか、感じられない。

ただそれだけに支配され、使役される存在。

歴史を変えようとする者たち。そうとしか、彼らは聞かされていない。

そこに疑問を投げかける者はいなかった。

彼らは戦うために生まれた武器である。主の命こそ真実であり全てであった。

主の敵は斬る。それだけだ。

 

「長船派の祖、光忠が一振・・・参る!」

 

凛々しい口上と共に隻眼の青年が力強く地を蹴った。

一つしかない金色の目が爛々と輝く。銀の切っ先が閃き敵の胴体を切り裂いた。

同じ金色をした瞳が彼の死角に入らんとする敵を静かにとらえ、影のように両断する。

「見え見えだ・・・死ね」

褐色の青年の低い呟き。同じ色の視線が行き交う。

二人は瞬間背中合わせになると、再び地を蹴った。

力強く刃を振るう隻眼の青年に、今度は小柄な影が寄り添うように同じ方向へ駆ける。

白い衣装をまとった少年は敵の斬撃を身を翻してかわすと懐に飛び込み刃を突き刺した。

足で蹴って宙で一回転。青いマントが華麗に靡く。隻眼の青年の口元が僅かに笑った。

「行くよ貞ちゃん!」

「おーけい!」

舞うように鮮やかに。敵を斬る。戦場での彼らはそのためだけに機能した。

絶対無敵のコンビネーション。

 

最後の敵を斬った時、妖しく光るだけの目がなぜか一瞬悲しんでいるように見えた。

気がついても口にする者はいなかった。

彼らは主の刃である。


 

 

 戦場で汚れた衣服を着替える。

引き締まった身体。褐色の肌に黒い竜の彫物が泳ぐ。

金色の目に黒い髪。どこか異国の情緒をかもし出す青年である。胸元には不動明王を現すペンダントが揺れている。

彼は自分の手を開き、閉じた。この本丸と呼ばれる場所で目覚めてからどれくらい経ったのか。

未だに不思議な感覚だ。人の姿など。

襖が開いた。隻眼の青年と、小柄な少年が顔を出す。

「伽羅ちゃ~ん、内番行こう。あ、まだ着替え中だった?ごめん」

「・・・ふん」

本当に奇妙だ。

 

大倶利伽羅はじゃーじなるものに袖を通すと彼らに向き直った。

懐かしいという感覚もおかしかった。二人の横を素通りする。

「馴れ合うつもりはない」

と言っても、彼らはそんなことは無視して勝手に話を振って盛り上がる。

つい先ほどまで戦場で殺戮のための道具となっていたこの身体で、今度は台所に立てなど。

おかしい。

「伽羅ちゃんまた考え事?」

「考えてばっかいると将来禿げるらしいぞ~」

「・・・おまえら」

刀の我らにそんな概念あるわけがない。と、突っ込むのも乗せられている気がして大倶利伽羅は拳を握るにとどめる。それを見て優しげに笑う隻眼の男。

「貞、光忠・・・おまえらはここをどう思う?」

「ここって、本丸のこと?僕は楽しいな」

「俺も俺も。鶴さんじゃないけど驚きばっかりだ」

「・・・そういうことじゃない」

大倶利伽羅は聞いて損をしたとばかりに息を吐く。その表情が自分で思うよりも穏やかだということには気がついていない。

燭台切光忠の片方しかない目が細まった。

「もう刀とは呼べない身なのに、ここではまだ刀なんだ。僕は嬉しいよ」

「・・・」

大倶利伽羅は黙った。刀は、斬るための道具である。

そういう意味ではここにいる刀たちのほとんどが、既に道具としての役目を終えている。

自分もそうだ。

それがまた刃としての役目を求められるなど。

ここは奇妙な場所だ。


 


 

 目も眩むような激戦だった。

 

 土煙。血の匂い。赤い赤い、仲間の血。

浴びたその温度に大倶利伽羅は金色の目を見開いた。

倒れる燭台切の長身。

声を上げるよりも先にとどめを刺さんとする敵に猛然と斬りかかる。

それは黒い竜が爪を振り下ろしたように見えた。

一撃。もう一撃。息の根を止めるまで。

修羅のように切り刻む。

 

敵を全て葬り去ってからはじめて大倶利伽羅は燭台切を見た。

既に貞宗が駆け寄っていた。

別方向からは、白い衣装を血で染めた鶴丸国永が現れる。

燭台切が袈裟斬りにされた傷を申し訳程度に押さえながら言う。

「あはは・・・ごめん、かっこつかないね」

「話すな、阿呆が」

自分の頬の血をぬぐってから、燭台切に肩を貸す。

その重さと体温を感じながら、刀の我らが血を流すなど奇妙だと思った。





 


 

第7世界 2015年


 

「それにしても“刀剣乱舞”なんて、誰がつけたの?」

 

ニーギ・ゴージャスブルーはブラウザゲーム刀剣乱舞の画面をマウスでカチカチしながら言った。

中々お目当てのレア太刀が出ない。

レシピを変えてみようか。

黄色いジャンパーに黒縁の眼鏡をかけた社員は話をふられて首をかしげた。

「最初からこのプロジェクトネームでしたから、青の青では?」

「厚志くんねえ・・・」

ゴージャスブルーも、あのたれ目の騎士のローゼンキャバリエも、うちのボスのセンスなわけだけど。

なんだろうこの。いや、薔薇の騎士はないでしょ・・・。

バラとなり咲き散るがいいって、何?あんたは何なの?

ノリノリで名乗ってんじゃないよ。

いや、それは今はどうでもいいとして。

ニーギはぽんぽん浮かんでくる雑念を思考のゴミ箱に捨てた。

 

絢爛舞踏。

けんらんぶとう けんらんぶとう。

刀剣乱舞。

後ろを頭にくっつけただけのアナグラムにしても単純な文字遊び。

何10万の“審神者”と、刀と・・・絢爛舞踏。

きっとまともなもんじゃない。

まともであるはずがない。

 

「・・・ま、どうなってもボクには関係ないけどね」

 

第五世界6番目の絢爛舞踏賞、ニーギこと新井木勇美はあっさりと無責任に話題を捨てるとゲームを再開した。

我侭で自分勝手で奔放なのが彼女の本分であった。






 




 

第5世界 1999年 4月15日


 

「なんだかさ、お前…幻獣を殺すたびに、人間じゃなくなっていくみたいでさ。

 …恐ぇよ。いや、悪ィ。ただ、そう思ったんだよ」

 

頭にゴーグルをつけた友人は、どこか怯えたような目をしていた。

いつもの陽気さも気楽さもそこにはない。速水厚志は困って、ただ首をかしげた。

友人は続けて、吐き出すように言った。

「戦ってる最中…お前、嬉しそうに笑っているように見えた時があってさ。

・・・なにか、お前・・・いや、あんたが、敵を殺すたびに、俺なんか話にならないくらい強いことに気付かされる。

 俺は、幻獣より恐い人の肩を、それと知らず叩いていたのかもって…。

 その調子で殺し続けて、勲章貰いつづけて、人類最高の絢爛舞踏章を取って…それで…それで…あんた、一体何になるんだよ」

「僕は・・・」

返す言葉がみつからなかった。

長く白い壁の中で苦しみと恥辱だけ与えられて過ごし、外に出てからまだ僅か。

友達に怖がられるのは悲しいことだと初めて知った。

しかし覚えたばかりの語彙の中に、速水を名乗る名無しの実験体は答えをみつけられなかった。

 

心に雨が降る。

ラボでどんな実験をされても、酷く犯されても、こんな気分にはならなかった。

脱走してからの生活はわからないことだらけだ。

しょんぼりと誰もいない校舎の隅に腰掛けていると、忍び寄ってきた影に背後から抱きしめられ・・・もとい捕獲され、速水は悲鳴を上げた。

「ななな、瀬戸ぐ・・・じゃなくて岩田くん!??」

「フッフッフ、そうですイワッチです」

「近いよ!!こわいよ!!」

くねくねした軟体動物にして頭の壊れた男。変態で変人。

速水の言えたことではないがどこまで演技なのかわからない男。岩田裕。

「フフフ、俗人のやっかみや恐れなど気にする必要はありません。

人は本能的に異能者を恐れるのです。…それがたとえ、あなたでも。」

岩田は騒ぐ速水の唇に人差し指をあてると不意に真顔になった。

何かを探すように速水の大きな青い瞳を見る。

それから小声で言った。

「守りたいのなら、自己を捨てなさい・・・私は最後まで、あなたの味方です」

「岩・・・」

「フフフ・・・なのでまずは手始めに私とギャグの階段を!!」

「ヤダよ」

「フフフ、どんなに嫌がってもアナタはギャグ畑ぇ!我々は同じ畑のポテトとトマトです!!さあ」

とりあえずパンチ。

岩田は壮絶に血を吐いて倒れた。

動かなくなった…。





 


 

第6世界 2205年

 

【本丸】



 

 青い舞踏服をまとった青い髪と青い瞳の青年が、忙しく行きかう刀たちを見つめている。

鶴丸は青年に問いかけた。

「あなたにひとつ聞いておかなければと思ってな。シオネ殿」

「なにかな?」

「この肉体とやら、限界まで傷ついた時は、どうなる?」

青の厚志は振り向いて、鶴丸を見た。

真っ白な衣装がところどころ血で染まって、本物の鶴のように見えた。

 

青は表情を変えず、端的に答えた。

「死ぬ」

「そうか」

「生き返ることも、ない」

あたたかく穏やかで、しかし突き放すような、声。

青が動くと、その手の剣鈴が澄んだ音を立てた。

「人の同調能力で、人として構成されている以上人の感覚で死ぬほどの傷を負えば、死ぬ。

人の子である君たちの主が、死んだと思った時に。君たちは刀だから、“折れる”とでも言おうか」

鶴丸は汚れてもなお美しい顔で口端をつりあげ、それから額を押さえておかしそうに笑った。

「そりゃ本当に、人になったみたいだな」

「そう思ってもらってかまわないよ。そう・・・だから、」

鶴丸の周囲に青い光が舞う。

血塗れの衣装が白を取り戻し、頬の傷が消えた。

「人だから、殺すために、壊すためだけに、生きなくてもいい」

「生きる、ねえ」

無機物の、鉄の我らが。

生きるとは、驚きだ。

心の臓の鼓動を感じながら思う。

「君たちの刀としての有り様を、物語を、全て人の感覚に置き換えて再構成した。

よきものはよきように。あしきものはあしきように。感情も五感も全て。人は、死ぬものだ」

「そうだな・・・人は、死ぬ。そうか」

何百年も見てきたこの世の理。

人の世のさだめ。

血を流すのも、痛みを感じるのも。全て。

鶴丸は愉快で笑った。

「俺は愉快なのでかまわんが、我らの主殿が目的を果たすのに、それは必要なのか?」

青はただ、微笑む。

 

「絢爛舞踏って、知ってる?」


 


 

「主が、無理だと思ったら早めに撤退してだって。誰も失くしたくないって」

「・・・悪いが、何処で死ぬかは俺が決める。命令には及ばないと伝えてくれ」

「も~~そんなこと言ってるとへっしーに怒られるよ」

「俺は死ぬときは一人って決めてるんでな」

光忠の修復にはまだ時間がかかりそうだった。

ぷんすこ怒っている貞宗を置いて大倶利伽羅は歩き出す。

もっと強くならなければいけない。

燭台切の血を浴びたのを思い出して首を振る。

失うのは怖い。

怖い・・・?何を考えているんだ。俺は。

刀は戦ってなんぼだ。

何を怖れる。

何を。

主が誰も失いたくないというのなら、

自分がもっと早く動ければ。

もっと鋭ければ。

もっと強ければいい。

それだけだ。そうなるためには、どうすればいい。

想いに呼応するように黒い竜が大倶利伽羅の周囲をゆらりと取り巻いた。


 



 

それは全能にして他人の痛みを感じる者を招聘せし、物言わぬシステム。

 

そのもの、世界の危機に対応して登場する世界の最終防衛機構。

 

それは世界の総意により、世界の尊厳を守る最後の剣として、

全ての災厄と共にパンドラの箱に封じられていた災厄の災厄。

自ら望んで生まれ出る人の形をした人でなきもの。

人が目を閉じるときに現れて、人が目を開く時に姿を消す最も新しき伝説

 

絢爛舞踏



 



 

世界不明 20××年 84月84日



 

もう存在しないプレハブ校舎の教室に夕日が差し込んでいる。

 

5121小隊の22人のクラスメイトが、過ごしたこの校舎。

死と隣り合わせでありながら、それすら跳ね除けるように騒がしく暮らしたこの場所。

名前すら持たないからっぽの廃棄実験体に、心と居場所をくれた場所。

窓際に立つ厚志の前にシュタッと何かが降ってきた。

そいつは無駄にかっこいい無駄なポーズをキメる。

「フフフ、ハハハハハハ・・・やっとラスボスまで辿りつきましたネえ?さあ!カモン! カモン!」

「・・・」

とりあえずパンチ。

血を吐いて盛大にぶっ倒れる岩田。

しぱらくじっと見ていると復活した。

「フフ・・・見事だ・・・わが子よ・・・しかしいけませんねその暗い顔。私のギャグが気に入りませんかぁ?」

「君は僕を裏切ったからね」

「フッフッフ・・・あなたには私の野望のために犠牲になってもらいましたよ。ドラマには裏切りが必要です。

イワッチ完全勝っ利!勝利の味はオイシイ!」

「・・・」

最近かなり本格的パンチ。

腹パンされた岩田はまた派手に血を吐いてぶっ倒れた。

少しするとまたくねくねゆらゆらと復活する。

「フフフ・・・やりますね。さすが私の見込んだおとこ・・・」

厚志は目を細めた。その表情は哀しそうに見えた。

「僕は・・・誰一人失わずに、先に進みたかった。22人のクラスメートの、誰も。

例え、化物と言われようとも」

「あなたを悲しませるなんて悪いイワッチですねェ」

岩田裕は、静かに目を閉じる。

 

「でも、何を隠そう、私は、あなたのためなら何でもできるのです。希望という名の絢爛舞踏」

 

その姿にノイズが走った。

 

表情を、顔色を隠すためのメイクが消えどこか神経質そうな男の顔が現れる。

身に着けているのも奇妙な制服ではなく、まっさらな白衣になった。

道化ではない本物の顔で、優しく裕は微笑んだ。

「言ったでしょう。僕は最後まであなたの味方だと」

「そういうのはずるいよ」

「ふふふ・・・私の勝ちです」

裕は愛おしそうに青い瞳を見つめる。

それは全てに嘘をついて、ただ一つを守り抜いてみせた男だった。

おとぎ話のような野望のために壊れた男を装い続けて。

希望を厚志の元へ送り届けて、ひとりで戦い、ひとりで死んだ。

その野望とは・・・未来の護り手になること。

裕は青の手を取り、ひざまずくと白い甲に口づける。

 

「僕は完全なる青にこいねがう それは損得を抜いて成立する聖なる契約。 

我は王の悲しみを和らげるために鍛えられし一振の剣」

 

裕は青を見上げると、少しだけ困ったような顔をした。

「だから、泣かないでください。あなたは笑うんです。誰に恐れられようと、味方が全滅しようと、たった一人」

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