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-this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System-

それは 全能の代理を徴募せし物言わぬ 機構



 

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS・

OVERS・ OVERS・OVERS・OVERS・



 

“唯一にして絶対の友情、沈黙によりて我は契約の履行を宣言する。”

“このプログラムは世界の尊厳を守る最後の剣として世界の総意により建造された”

“我はすべての戦いと悲しみの終結を希望する”


 

O・V・E・R・S

 

わたしは七つの世界でただひとつ、世界が幸せになる夢を見るプログラム。

少しの勇気を補完する。

名を「希望」という。




 


 

「僕はあなたの傍にいた」



 

それは強い思念だった。

歴史の隅で、大した意味も持たず、消えていった思念。


 

人の言葉を当てはめるなら、感情。

強い強い想い。執着。悲しみ。誇り。夢。愛。

ともに在りたいという意思。

 

だがそれは形を持たなかった。

形は、歴史にすらならず、当に失われていた。

ただの鉄屑。

 

誰も覚えていないとは、世界のどこにも、存在しないということ。

存在とは情報である。

存在するとは、認識されること。

それは存在に足りうるだけの物語すら、持ってはいなかった。


 

存在しない刀の物語が、異世界のネットワークを通じて膨大な数の“審神者”から紡がれ、集積されていく。

思念に、作られた物語に、形を与えていく。

その、ひとつ。

世界によって精霊とも、情報とも、意識子とも呼ばれるものが、

今、世界の法則を無視して、ソレに形を与えようとしていた。


 

「僕はあそこにいた・・・あの時代に、確かに、いたんだ。誰も知らないけれど。一緒にいたいひとが、いた。

一緒に戦った。人の血を、浴びた。それだけはわかる」


 

ソレは存在しない声で呟いた。

本当に、ソレがそこにあったのか、誰も知らない。それは当に鉄屑と化し、消えうせていた。

ただそれは、存在したいと願った。

ひとりにしておけない、ひとがいた。

 

誰にも否定させてなるものか。血を吐くような思いで、それはいう。

 

強く美しく誇り高い、ただひとつの憧れ。

それは誇れる銘など持たぬただの刃だった。あのひとに釣り合うものなど何もなかった。

偽りの名前。偽りの存在。

だがそれには、ただひとつ、偽りではない誇りがあった。

誰も覚えてはいなくとも、自分は、あのひとと共にあったのは、自分なのだ。

それはただの卑小な贋作上がりあがりであったが、その魂には、ただのひとつからなる絶対の守りがいた。

これ以上もないほどに、いたのだった。

それは叫ぶ。自分はそこにいたと。

 

手が、差し伸べられる。

 

「君に、人の姿を与えよう。君の守りたいものの、傍に立てる脚と、支えることのできる両の腕。

あしきゆめを斬つ銀の刃」

 

凛、と、剣鈴が鳴る。

 

モノクロームの世界に色を与えるその音色。

青い舞踏服をまとった、青い髪と青い瞳をしたその人は微笑んだ。

 

ソレは瞳を開く。青い青い瞳をしていた。

青い瞳は昔でも今でもない、未来を見るためのもの。

世界の守り。

それは、かつての青によく似ていた。



 

それは主を護る刀の物語。

 

人が目を開くときに現れて、人が目を閉じる時に姿を消す幻。


 



 

『物語』

 

魔術の一つで歌に並んでもっとも強力な技術体系の一つ。

第1世界の基幹技術は物語であり、その世界は物語の世界である。

 

物語には神の息吹が封じられており、読むことで神は復活する。

 

(Aの魔方陣:神々の宴より)





 



 

第5世界 1999年 4月2日 


 

「好きなのは幸せなのかな。悲しいのかな」

 

小さな手を握って速水厚志は歩いていた。

小柄な体躯。投与されていた女性ホルモンの影響でどこか少女じみたその風貌。

声も高かった。

夕暮れの紅がその青い瞳をゆらゆらと揺らす。

黒い髪。伏せた長い睫だけが、妙に青く見えた。

時は幻獣との戦争の真っ只中。明日も夕日を見ることができるのか、誰もわからなかった。

「あっちゃんはかなしいの?」

幼い少女は小首をかしげる。甘栗色の髪と黄色いリボンが風に揺れた。

「どうだろう。・・・幸せなこともあれば悲しいこともある」

汚いもので弄くられたおかしな身体と、血まみれの手。現実の汚泥のようなこの心。

それでも炎のように純真な彼女に、速水を名乗る逃亡奴隷上がりの小悪党は焦がれていた。

偽りの名前。偽りの性格。沢山の嘘。

小隊の皆を騙しながら、それでも皆のことが、好きになっていた。

それは幸せで苦しいことだった。

「あのね、あのねあっちゃん」

幼い少女は大きな瞳で見上げてくる。

心に銀の剣をもつ、地上のいかなる勇者よりも強い、少女の瞳。

 

「すきはそんじゃないのよ?でも、とくでもないの」

 

速水は一瞬目を見開いて、それから優しく笑った。

「君は物知りだねぇ」

「えへへ。ほめられるとうれしいな」

速水は少女の頭を撫でた。似ていると言われる笑顔。

当然だった。速水の笑顔は、少女から盗んだものだった。

速水は何も持ってはいない。

「かなしいは、めーなの。さきがわからないのは、いいことなの。だいじなのは、いまでもむかしでもないのよ。

そのさきにみんなでいくの」

「そうだね・・・そうだったら、いいなあ」

誰一人失わずに。

 

生きたかった。ただ生きたかった。死にたくないから生きたかった。何をしてでも。

何の目的もない。生きたいから生きたかった。

病的な生存本能は、遺伝子レベルで設計されたものだった。

だが今は、それでは足りなくなった。

俺の欲が深いのか。

胸の中のあの人への想いを確かめる。世界の守り。正義最後の砦。

速水は顔をあげた。風が髪を靡かせる。

その髪は黒すぎて青く見えた。



 

その者後に、青を名乗る。

豪華絢爛たる光の舞踏。




 








 

第6世界時間 2205年 

 

【本丸】


 

小柄な少年が早足で廊下を歩いていた。見た目は人間でいうと14、5歳。

短い黒髪に、印象的な大きな目。瞳は青い青い色をしていた。

走らないのは自分よりも幼い刀達に見本を示すためである。

彼はいわゆる、優等生だった。

 

幼い刀・・・いや、違う。

どたどたと、走り回る大きな足音が本丸を揺るがすのを聞きながら少年は思った。

姿形の問題ではない。外見とその精神年齢は異なる。

ついでに言えば戦闘力の問題でも、ない。

戦場ではとても頼りになるあのひとも、あのひとも。一度ここへ戻るとどうしようもないのだ。

この本丸には世話をしてやらなければいけないひと(刀)が多すぎる。

戦場におらずとも、いや、戦場よりも本丸にいる時の方が彼は忙しかった。

胸に手を当て、すうっと大きく息を吸う。

声を張り上げた。

 

「兼さん!あなた手入れはどうしたんですかっ!?」

 

本丸には、手のかかるひとが多い。自分が慕うひとを筆頭に。

そしてそれが全く苦ではないのが堀川国広という刀であった。


 

堀川国広。

新撰組副長 土方歳三が愛用していたといわれる、脇差。


 

刀帳、99番目の刀。




 



 

和泉守兼定は逃亡中である。


 

長い黒髪が、衣装が、豪華絢爛に靡く。

高い背丈に整った容貌。

美と実用性。その両立をうたう彼はその言葉通りに力強く、美しかった。

かっこ良くて強い、最近流行りの刀である。

 

・・・しかし今は、逃げるのに必死で、“かっこ良さ”を気にする余裕などない。

こんなかすり傷で何時間も手入れ部屋に入れられるのはごめんだった。

大体あいつは大騒ぎしすぎなんだ。

押しかけ女房のような相棒の心配した顔を思い出し和泉守は柳眉を寄せる。

 

堀川国広は、和泉守と同じ土方歳三の愛刀であった。それは、覚えている。

どうして彼がいなくなったのかは思い出せない。

人の姿になってから、刀であった時の記憶にはおぼろげな部分がある。

あれからどのくらい時が経ったのか・・・再会したのは、ここに来てからのことである。

前からそうだったのかは思い出せないが、ここに来てからはやたらと和泉守の世話を焼きたがった。

それはもう恥ずかしいほどに。

かっこ良さを信条とする和泉守にとって堀川の世話焼きは照れくさく恥ずかしいものであった。

和泉守はそれが、思春期の男子によくある羞恥心だということまでは知らない。

彼は刀である。

 

幸い、やたらと広いこの本丸という屋敷は隠れる場所には事欠かない。

使われていない部屋も多かった。開かない扉もある。

それが何なのか和泉守は知らない。さして気にしてもいなかった。

彼は細かいことに頓着しない性質である。

追っての気配しなくなったことに和泉守は大きく息を吐いた。



 



 

「兼さ~ん・・・もう・・・」

 

堀川は和泉守を探しながら本丸の奥へと進んでいた。

何度目かわからないかくれんぼ。まったく子どもじゃないんだから。

まあ、この本丸で一番若いのは和泉守兼定なのだが。本来ならば、未だ付喪神として顕現できないほどに。それを仲介した者がいる。

長い長い廊下と、沢山の部屋。

その向こうにある気配を感じて、堀川は大きな目を細めた。

人間と同じ五感を与えられた、その細い身体がの周囲に青い光が僅かに舞う。

瞳が青く輝いた。

声が聞こえる。

凍てつくような、それでいて暖かみのある、冬の日差しのような声だ。

 

「何を迷っているのか知らないが、迷う事などこの世にはない。

勝率が読めないなら情報収集しろ。勝率が足りないなら努力すればいい。

努力を出来るだけやっていたのなら…後は運だ。勝とうが負けようが君のせいじゃない」

 

誰か・・・主、だろうか。と話しているらしい。

それから少しして、その人は堀川の前に姿を現した。

真っ青な髪と、青い瞳。

古風な青い衣装に金地で竜のような刺繍が施されている。

その人は堀川を見てぽややんと微笑んだ。堀川もふわりと笑う。

ふたりの瞳の色は同じ青色だった。

 

「やあ。こんにちは」

「こんにちは。お久しぶりですね」

青い人は堀川に近づくと、その頭を撫でた。青い光が周囲に舞う。

全てのわるいゆめを払ってしまいそうな優しい手だった。

会うのは、二度目・・・いや、三度目だ。また会えて、嬉しいと思った。

青い人からは僅かに血と硝煙のにおいがした。戦場のにおいだ。

「調子はどう?」

「バッチリですよ」

「頼もしいなあ」

「主さんにご用でしたか?」

「ああ、ちょっとね。色々悩みも多いようだから、助けてあげて欲しい」

「もちろんです。それとあの・・・兼さん、見ませんでしたか?」

聞いてみると、青い人は何故か、妙に嬉しそうにふふっと笑う。

 

小首をかしげた瞬間、首根っこを捕まれ堀川は思い切り後ろに引っ張られていた。

 

見上げるとひどく緊張した和泉守の表情が見えた。

戦場でも中々みないような顔だ。守るように、痛いほどに堀川の体を抱きしめてくる。

「兼さん・・・?」

青は、それを見て嬉しげに、眩しげに目を細めた。懐かしい気持ちになったのだった。

銀の剣は、世界の守りはその胸に。

青は二振りの刀に背を向けた。ここは大丈夫そうだ。

青は多忙である。

それから思い出して、以前友人にもらった言葉を口にした。

 

「“堀川国広”」

「はい」

「意地をみつけたら、意地を通せ。善いとは、ただそれだけだ」

 

堀川は、堀川国広を名乗る刀は笑った。

だからこうしてここにいる。

それは、かつての青によく似ていた。

血を吐くような思いで、付き続けた嘘は本当になる。

よわいトカゲだって必要があれば火を吹き空を飛ぶ。

青は弾むような足取りで、今度こそ本丸から姿を消した。


 

「な、んだありゃ・・・」

へなへなと身体の力を抜く和泉守。両腕には鳥肌と言われるものが立っていた。

わけのわからない感覚。とにかくアレはやばいものであると和泉守の全感覚がそう訴えていた。

普段戦っているあしきゆめよりももっと得体の知れない何かだ。

それを助け起こしながら堀川は言う。

「主さんの客人だよ」

「国広、おまえな・・・変なのに近づくな!」

「兼さんどうして僕を引き寄せたの?」

にこにこ笑う堀川に、和泉守はう゛っと言葉に詰まりそっぽを向いた。

僅かに負っていた傷が、いつの間にか癒されていたことに彼は気付いていない。


 

僕個人としてはもう、どう転んでもかまわないと、隣にいる強く美しい刀を見ながら思った。

どこで欠けようと、折れようと。どうなろうとかまわなかった。

最悪でもこのひとの傍で終われる。

堀川国広を名乗る無名の物語は、そう思う。

最後まで今の主とこのひとに降りかかる者を排するただの刃でありたい。

 

それは人の言葉で愛という。






 


 

第6世界群 危険難易度A地帯



 

「ねえ、瀬戸口」

無線機から、我が主の機嫌良さげな声がする。

 

「好きっていいよね」

 

口癖のような言葉。

何かいいことがあったらしい。

戦場とは思えないようなぽややんとした声で青は言う。笑っていた。

瀬戸口は「そうだな」と返した。いつものことだ。機嫌がいい分には何の問題もない。

青が歌う。

歌は第2世界の魔術だが、青は先代シオネ・アラダのように魔術師ではない。

青は、戦うために生まれた兵器である。

「絶望と悲しみの戦場から、それは生まれ出る 地に希望を、天に夢を取り戻すため生まれ出る」

「闇をはらう銀の剣を持つ少年 どこにでもいるただの少年  それは子供のころに聞いた話、誰もが笑うおとぎ話 」

深く揺ぎない光の声。


 

希望号S.R.2が抜刀する。

 

長い髪飾りが特徴の真っ青な機体は何もかも消し去る勢いで猛然と群青の空を舞った。ウォータードラゴンをモチーフに設計されたそれは、天に登る青い竜そのものだった。

超次元転移してきた異世界からの艦隊の中心を突っ切る。

爆発。爆発。

レーザー水爆の雨を踊るように切り抜けて、青い刃が要塞艦を叩き切った。

 

億単位のリューンがその片足に集まる。繰り出されたその蹴りで周囲の艦がレーザーごと情報分解された。

希望号は踊るように死を振りまく。

迷いなどひとつもない。

青い空に穴が開く。

全ての爆発と残骸を飲み込んで。

 

あたりにはまた、青い空と、海。

怖いほどの静寂が、一帯を包み込んだ。

残っているのは、青い機体だけ。



 

「“すきは、そんじゃないのよ。でも、とくでもないの”」

 

ぽつりと呟く。

世界の守りは、ここに。

この胸の中に。


 

そは豪華絢爛たる死を呼ぶ舞踏。

とじめやみにあらわれて、夜明けが来たと告げる騒々しい足音は、

ひらきめひかりにすがたをけして、こえのみ残すやさしき青きオーマ。

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