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むかしむかしの話である。

 

古き盟約というものがあった。

それは、先代のシオネ・アラダが全ての神々を騙して結ばせた嘘っぱちである。

 

内容は神が困れば人が助け、人が危機にあれば神族が助けに入るというもの。

だが時が経つにつれて人は身近に神がいることを忘れ、神は人に絶望し、その盟約は空文化した。

だが人が忘れても、神々は、この盟約を忘れることができなかった。

どこかで、人と共存するためのこの盟約が蘇ることを期待していたのである。

最も近く、人に寄り添い存在してきた付喪神はその筆頭である。



 


 

ソレが最初に感じたのは眩しいという感覚だった。

 

眩しい、だって?なんだそりゃ。

そんなことあるものか。

だが瞳を開けると、やはり、眩しかった。

開け放しの障子。穏やかな光が部屋に差し込み白い青年を照らしていた。

 

「人の姿とは・・・これは驚いたな」

聞こえた声に、少ししてからそれが自分が発したものだと気がつき思わず笑みを浮かべた。

面白い。

白い髪に、白い衣装。白い肌。その姿形は彼の号の通り、鶴を思わせる。

青年は金色の瞳でしげしげと自分の手を見つめた。

息を吸う感覚。肌に触れ髪を揺らす緩やかな風の感覚。

白い青年はこれが人族の感覚であることをすぐに理解した。

なんてこった。長い時を流れてきたが、その中でもダントツの驚きである。

「さて・・・どうしたもんかな」

その声は弾んでいた。

久々に面白いことが起こる予感がするじゃないか。彼は、退屈が嫌いだった。

起き出して、ぐるりと周囲を見回してみる。ふむ、見慣れぬ屋敷だ。

今まで過ごした数多の屋敷のどれとも異なっている。

廊下を歩けばギシリと床が鳴る。それすら楽しみながら、人の姿という新しい玩具の感覚に慣れる。

認識できるものが違う。暗い場所では目が利かんというのはこういうことか。

 

気配を感じ、覗いた部屋の隅に青く光る何かを見つけた。

それはぼうっ・・・と光り、現れては、消える。嫌な気配ではなかった。金色の目を細める。

邪気は感じない。

神刀というわけではないが彼も自分のいた屋敷に憑りつくあしきゆめは、度々斬ってきた。

特別なことではない。付喪神というものは、代々そうして人の子を守ってきた。

刀として手に取られぬ限り人族の争いごとに加わることはしないが、神には神なりの、人の守り方がある。

若い付喪神にとっては既に御伽噺となった古き盟約。

そう、御伽噺だ。

すべての神々と人が手を組み、あしきゆめと戦った。

彼は光の軍勢を見たことがあった。まだ幼く、それに加わることはなかったが。

 

「種族自決、互尊共和、神族平等、英雄特例・・・」

軽やかに歌いながら、屋敷の廊下を進む。人の姿というのは、中々気分がいいじゃないか。

白い着物が飛ぶように、舞うようになびく。

 

奥の座敷へ進んだ先に、奇妙な格好と奇妙な髪色をした男が立っていた。

白い青年はにんまりと笑みを浮かべ片手を挙げる。

 

「よう、俺の新しい主はあんたかい?」

 

青い髪をした男は振り向くと、青い瞳を細めて微笑んだ。

一撃でわるいゆめを払ってしまいそうな、そんな笑みだった。

「いや、ごめんね。君達の主は、まだ到着してないんだ」

青い人は先が二股に分かれた、鈴のついた剣を持っていた。済んだ音を立てて鈴が鳴る。

すると、青い光がその周囲をふわりと舞った。

白い青年は頭をかいた。なるほどこんなこともあるのか。

「いやはや驚いた・・・こんな、デタラメなことをするのは誰かと思ったが。

新しい姫様が、現れたのは聞いていた。だがまさか男とはなあ」

意外なのは悪いことじゃあない。世の中には驚きが必要だ。

青い人はふふっと笑う。白い髪を揺らして青年は尋ねた。

「屋敷の中をふらふらしてる、ありゃなんだ?」

「この世界では、情報密度によって伝説は実体化するんだけど。それが足りないんだ」

「情報?」

「物語とも。皆、君みたいに勝手に人の姿を構成できるわけじゃない。鶴丸国永」

 

鶴丸はばさりと鶴のように白い着物を羽ばたかせ、腰に手をあて不敵に笑った。

雪のように端整だが、少年のように人懐こい。

人外の美しさを持ちながら、まるで人のような、笑みであった。

 

「あんたなら、簡単にできるんじゃないのかい?シオネ殿」

「それじゃあ意味がないんだ。僕はずっとここに居られるわけじゃないからね。・・・大丈夫。もうすぐだ」

「そうか。・・・退屈せずにすむかな?」

「ああ、保障する」

そりゃあ楽しみだ。

人生には、驚きが必要だ。予想し得る出来事だけじゃあ、心が先に死んでいく。調度退屈していたところだった。

もう少し屋敷を探検しようと背を向けて、ああそうだと一度振り向く。

「そういえば、花岡山の、祇園童子殿には会ったのかい?」

「よく知ってるね」

青い瞳が意外そうに見開かれる。先程よりも幾分幼く見えた。

それにしてやったりと思いながら、鶴丸はニッと口端を吊り上げる。

「噂好きなんだ。どうだ、驚いたかい?」




 



 

鶴丸は人の声で歌う。

「かの姫君、踊る者、黒き暴風の神を従え、敢然と戦いし。その後裔こそ英雄なり。

万難を廃してただ一撃、ただそれだけをする存在なり」

鶴丸は人の子が好きである。

だって、見ていて飽きないじゃないか。

神族よりもずっと、驚くようなことばかりだ。



 




 

第6世界時間 

2205年 12月23日





 

とある世界の重要な人物が死んだとする。

 

すると、ワールドタイムゲートと呼ばれる門からその情報が他世界に伝わり、その世界の同一存在も死ぬ。

同一存在とは、世界は違うが同じ役目を果たす存在である。

世界はそうして繋がっている。

教科書に登場するような、歴史の鍵となる人物。

すなわち織田信長などが、そこで生きる運命が、死ぬ運命が変わってしまえば隣接する他の世界にも影響を及ぼす。

隣接する世界同士が同じ時代とは限らない。

歴史修正主義者と呼ばれる集団は世界から世界に移動しながら、その時代その時代の重要な出来事を書き換えるつもりらしい。


 

世界と世界は、時の進む速さが違う。

ワールドタイムゲートは、因果律を保障するが時間律は保障しない。

第6世界は時の進みの早い世界である。

歴史修正主義者の存在を最初に察知したのは、2205年の“時の政府”であった。

それは空前の規模のクーデター。

敵の軍勢の数はざっと見積もって、8億4千。

敵は、歴史を変えるために生まれた銃。聖銃を持っているとの情報が入っていた。

それは第5世界で幻獣と人の戦争を引き起こした、世界の秩序を壊すもの。


 



 

白い息が横に流れる。

 

寒い。どこの世界でも同じだ。

第5世界のクローン技術で幻獣との戦争のために作り出された肉体は寒さにもある程度耐性がある。

それでもこんな日はこたつにでも入ってぬくぬく過ごしたい。瀬戸口は息を吐いた。

行き交う人が振り向きざまにこちらを見ていく。

この世界では、青の髪色は目立つ。瀬戸口は帽子でも被ればと言ったが青はまるで気にしていない様子だった。

ちらりと横顔を見る。

 

青と呼ばれる男は、嘘つきの泣き虫で、寂しがり屋で、情緒に難がある。

だが超然と、まるで完全無欠であるかのように振舞うことができた。

なぜなら詐欺師は詐欺師でも稀代の詐欺師だからである。

 

しかも一度吹っ切れると手がつけられない。それはもう無茶苦茶だ。

どのくらい無茶苦茶かというと、最速で帰宅するために空軍の基地を武力で制圧し、超音速戦闘機をチャーターし、フェリー用の大型増槽にトランクを縛りつけて、上空まで来たら戦闘機からベイルアウトして落下傘降下しようと本気で考えるくらい、無茶苦茶であった。

・・・いや、本当にあった話である。迷惑過ぎる。

 

そんな青の、いつもの笑顔の微妙な違いを読みとれるのはごく親しい者だけだろう。

同じ笑顔でも(何言ってんだこいつ)もあれば(かわいいなあ)もあれば、(ころす)もある。

今日は少しばかり冷や冷やした。

「あっちゃん怒っちゃめーなのよ?」

仲間の少女の口調を真似てやると青は眉を寄せて瀬戸口を見た。

「殴られたい?」

「遠慮いたします」

即答

 

瀬戸口は青には二度ほど殴られたことがある。

一度目はまだ、青が速水を名乗り、人畜無害な少年を演じていたころのこと。

顔面を殴られ手を踏まれ「君が死ねばいい」と脅された。

二度目は操られ、絢爛舞踏として剣を向けた時。

希望号で思い切りぶん殴られ目を覚まされた。

先代のシオネ・アラダにも、出会いがしらに殴り飛ばされた。

これで生きてるのは7つの世界で俺だけに違いない。

 

青は拳を解いて言う。

「冗談だ。中々、人の相手は疲れるよね。昔はもっと、媚を売るのも得意だったんだけどなあ」

おっとりとした呟きが風に溶ける。

世界を守るのはただの人だが、殺すのも、人だ。

最高の魔術師とうたわれた先代シオネ・アラダを殺したのはただの人だった。

あしきゆめでも、鬼でもなかった。

その力を恐れるあまり、洞窟に幽閉して毒を飲ませて殺したのだ。

シオネ・アラダの死体を抱いた感触を、冷たい手を覚えている。

光の軍勢は壊滅し、青のオーマは途絶え、神々と人の盟約は忘れ去られていった。

 

「刀の神族と、話をしたんだ。綺麗だった。昔のことを、覚えていた」

「そうか」

「君のことも知ってたよ」

青は人の悪い笑みを浮かべた。瀬戸口は目をそらして頭を掻く。

付喪神というのは噂好きな連中だ。きっと、ろくでもない話が伝わっているに違いない。








 





 

それは長い夢を見ていた。

長い眠りのなかで、自分の名前すら、忘れていた。

それはただの人だった。

弱くて愚かな、ただの人であった。

それは生きることを投げ出した。

生きるのは、苦しい。傷つくのは怖い。

それは弱い弱い、ただの人だった。

 

「そろそろ、目覚めの時間だ」

 

静かだが、よく通る声がそれの脳を突いた。

夜明けを告げる足音。青い人が立っていた。

いつも、朝が来るのが怖かった。それは怯えた。

 

脳裏に、また金色の文字が浮かび上がる。


 

OVERS・OVERS・OVERS・OVERS

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-this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System-



 

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わが主


 

「ほら、君の刀は、君をお待ちかねだ」

青い人は朝焼けのように微笑む。

それはまぶしくて目を細めた。

「君に刀を与えよう。恐れや憎しみ、君に襲い掛かるすべてのあしきゆめを斬り裂く銀の剣」

 

凛、と、鈴の音が鳴る。

 

「二本の腕と、戦場を駆ける足、そしてその刃で、必ず君を守るだろう。その声はいつだって君を励ますだろう」




 

それは主を護る刀の物語。

人が目を開くときに現れて、人が目を閉じる時に姿を消す幻。





 




 

青と呼ばれる男は元は何も持っていなかった。

自分のものと言えるのは汚いもので弄くられた己の身体だけだった。

幼い頃の記憶は消されている。

それ以降は、切り刻まれ陵辱されるだけの日々を、14になるまで過ごした。

名前と身分は偶然死んでいた学兵から奪った。

 

正義と誇りは挑むような目をした最愛の彼女から教わった。

誰もを味方につける魔法の笑顔は、心に銀の剣を持つ幼い少女から教わった。

同世代と戯れる楽しさは頭にゴーグルをつけた馬鹿正直な友人から教わった。

仲間を思い遣る、立ち回り方は軽薄で一途な男から教わった。

 

ここの主になる者も、そうだったらいい。

そう、思う。



 

【本丸】


 

でかでかと掲げられたそれを通って、作業服姿の(株)機動建設の面々が慌しく行ったり来たりしている。

最後の部品が屋敷の中央部に、組み入れられるのだ。

 

縁側でそれを見ながら青は歌う。

 

「その心は闇を払う銀の剣 絶望と悲しみの海から生まれでて 戦友達の作った血の池で

涙で編んだ鎖を引き 悲しみで鍛えられた軍刀を振るう」

 

小さな狐神族が横でその歌を聞いている。

ここの主になる者を助けるために、由緒ある稲荷神社からスカウトしてきたのだった。

姿は元よりも随分かわいらしくなっている。

青は、かわいいものが好きだ。

 

「あなたの差し出す手を取って 私も一緒に駆けあがろう 

幾千万の私とあなたで あの運命に打ち勝とう どこかのだれかの未来のために」

 

「勇ましい歌ですね」

 

振り向くと、洋装の小柄な少年が立っていた。

青い瞳が人懐こそうに笑う。

この少年が実体化しているということは、本丸の主が、目覚めたようだ。青は穏やかに微笑んだ。

「すみません。こっちに兼さん……和泉守兼定は来てませんか?あっ、僕は堀川国広です。よろしく」

「うん、よろしく」

差し出された手を握る。

人と同じ体温がそこには通っていた。




 

 

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“我はすべての戦いと悲しみの終結を希望する”

O.V.E.R.S


 

私は 七つの世界でただひとつ、世界が幸せになる夢を見るプログラム。

少しの勇気を、補完する。

 

名は「希望」

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