NEKOPLUS+
青い光が人の形をしたソレの周囲を舞っていた。
人型のなりそこない。
本来、人の姿を持たぬもの。
それは主を求めていた。
世界によってリューン(精霊)とも、ミーム(情報)とも呼ばれる意識子によって、一時的に実体化した不安定な存在。
不安定な肉体。
本来は確率的に存在しえない仮想実体。
単体では形を保てず情報分解してしまう。
それは、己を世界に定着させるための、主を求めていた。
それは存在したいと願った。
だがそれだけの情報ポテンシャルを持つ存在が、果たしてこの世界にいるものか。
その時、足音が聞こえた。夜明けを告げる足音だ。
人型のなりそこないは、顔をあげた。
青い舞踏服に二股の剣鈴を持ったその人は言う。
「君に、主を与えよう。君は主を護るための刀。主の敵を切り裂くための刀。あしきゆめを断ち、万難を排する銀の剣」
静かな声。
静かだが、湖面に石を落としたようにそれは反響し、世界に色を与える。
「主を護る二本の腕に、戦場を駆ける足。美しい容姿に、よく通る声。君に人の姿を与えよう」
青い人は優しく、神々の心を溶かすような笑みを浮かべた。
それは主を護る刀の物語。
人が目を開くときに現れて、人が目を閉じる時に姿を消す幻。
*
その人は稀代の詐欺師であった。
*
OVERS・OVERS・OVERS・OVERS
OVERS・OVERS・OVERS・OVERS
“我はすべての戦いと悲しみの終結を希望する”
this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System
OVERS・SYSTEM
それは 全能の代理を徴募せし物言わぬ 機構。
*
わたしは少しの勇気を補完するプログラム。
名を「希望」という。
わたしは ねがう
わたしに意味があるというのならば、
この悲しい魂に、私の手が差し伸べることが出来ればと。
*
西暦20××年。
無数に存在する未来の一つ。
*
今は瀬戸口隆之を名乗っている男は世界間移動の衝撃にくらくらしつつ立ち上がった。
世界間移動は、痛い。ニーギの台詞であるが最もだった。
なにせどこに落ちるか選べない。
骨が人工プラスチックで強化された戦闘用の肉体だろうが痛いものは痛いのだ。
「まったく人使いが荒いったらなんの・・・」
自身の仕える相手の愚痴を言いつつ埃をはたく。
赤みがかった茶髪にすらりと高い背丈。スミレ色の瞳。
色男である。
だが自分で美形キャラを自称してしまう性格が彼を二枚目ではなく二枚目半たらしめていた。
長い廊下の向こうから、ふわふわした毛玉が駆けてくる。
毛足の長い黒猫だ。
瀬戸口の横を通りすぎてから振り向いて、にゃんと鳴く。
「厚志はいるか」
問いかけると猫はぴんとしっぽを立てた。
“シオネ様はご在宅である”
「ありがとう」
礼を言うと黒猫はふにゃあと声をあげ、走り去っていった。
初めて見る猫神族だ。
うちの大将はまた猫を増やしたらしい。
*
カスタードを混ぜる手を一瞬止めて、青い髪をした青年は笑みを浮かべた。
心配などしていないが、無事に戻ったらしい。
機嫌よく料理を続ける。
「いつだって人類の決戦存在は、世界の危機を救う者は、ごく普通のただの人から生まれる。
僕たちの役目は、それではどうにもならない敵を相手にすることだ」
戦友であり、戦いにおいては先輩である人がいつも言っている言葉。
青年が呟くと、足元にすり寄っていた猫がにゃあと高らかに鳴いた。
猫は歌う。
“それは世界の危機に対応して出現し、世界の危機を消滅させて、また消えていく存在。
ありうざるべきそこにある者。 夜明けを呼ぶ騒々しい足音。
人が目を閉じるときに現れて、人が目を開く時に姿を消す最も新しき伝説”
そうだ。ニーギに第7世界に行ってもらおう。猫たちの世話は萌に頼もうか。
親指についたクリームを舐めながら青年は考える。
シオネ様、シオネ様。祇園童子殿が戻られました。
「うん、そうだね」
リューン、精霊の囁く声に青年は頷く。
1000年ぶりに選ばれた万物の調停者シオネ・アラダ。人と神族の仲介をする巫女。
巫女・・・シオネ・アラダとは、本来女性である。
*
部屋の入口には猫の引っ掻いた爪の跡があった。
いくつかあるその一つ。だいぶ背伸びしてつけただろう爪跡のその横に、訳すように紙が貼りつけてあった。
〔正義最後の砦〕
ボールペンだろうか。丸文字である。瀬戸口の主の字は丸い。それに触れて苦笑すると瀬戸口はノブをひねった。
「戻ったぞ」
部屋は甘い匂いに満たされていた。シュークリームだろうか。
〔正義最後の砦〕の主は振り向きもせずに「首尾は?」と尋ねた。
「第六世界の“時の政府”は青(ガンプ)の指示に従う意向を示した。
第七世界、アイドレスではブラウザゲームとしてデータの構築を進める手筈を整えてる」
「ご苦労さま」
主が振り向く。
目尻がわずかに下がった、甘く整った顔立ち。
自然界には存在しない人工的な青い青い髪と、同色の瞳。
どこか遠くを見ているような目だった。全てを見通すような冷たい目。希望も絶望も、遠いどこかに置き忘れた目。
・・・ただしその身にはペンギンの刺繍されたふりふりのエプロンを身に着けており、片手にはなぜかお玉を持っている。
台無しである。
敵対する者にも、心酔する者にも、青と呼ばれている。神々には役職名であるシオネ・アラダと。
古い付き合いの、ごく親しい者だけが彼を厚志と名前で呼ぶ。
「こんなまわりくどいことせず、別の方法はないのか?」
「世界連続体に存在する敵を倒すことが出来るのは、複数の世界に同時介入できる力だけだ」
青はエプロンを脱いで丁寧に畳みながら言った。
「おまえの力を持ってしても?」
「ハードの向上で相手を征服できるならライオンはとっくに人を支配してるって、誰かが言ってたよ。
僕は戦争よりも料理や編み物の方が好きだし」
ぽややんと笑って青は言う。
よく言うぜ、と瀬戸口は言葉を飲み込んだ。
「・・・それに、力や恐怖で心まで支配することはできない。僕は、俺は経験上知っている」
青はどんなマジックか、お玉を一瞬にして剣鈴に持ち替えた。
二本の刃の内に鈴を挟んだその剣は、誰も傷つける事のない刃。
澄んだ音が空気を震わせた。
過去と栄光をつかさどり、かつての戦いで滅びた青、剣舞オーマの新たな盟主。
その戦力は7つの世界最高の個人兵器である聖銃をも凌ぐと噂されているが、瀬戸口ですら力を出し切った姿を見たことはない。
それは7つの世界が終わる時なんじゃないだろうか。
だったら俺の知ったことじゃない。無責任に瀬戸口は思う。
シオネ・アラダであるのだから本来、姫とか巫女と呼ばれるポジションにあるはずなのだがあんな恐ろしい姫がいてたまるかと敵にまで怯えられる始末。
『世界の行く末がびっくりするくらい不安』とは涙目で文字通り全てを投げ出し「帰る」と本気で“旦那”の元へ帰ろうとした青を見た人間の台詞だが、青の優先順位は明確だ。
基本的にこいつは計算高くて用心深い。話は半分に聞くに限る。
こうは言いつつ世界で一番戦争をしたがっている人物でもあるのだ。
正義最後の砦の主は、非常に性質が悪かった。
「刀は、集められそう?」
「実在しなくてもいいんだろ?それなら、順調に」
青は頷いた。
「条件無しで人の子の味方をしてくれる物好きな神族なんて、付喪神くらいだ。人の手で生まれた概念神。
戦うために生まれた彼らの“物語”に実体と力を与えよう。あしきゆめを切り裂くための刃を与えよう」
「世界移動は人か人型をしたものに限られるが、そいつはどうするんだい?」
問うと常人が見たら背筋が凍りつきそうな無垢で人の悪い笑みを浮かべて、青は言った。
「だから、人の姿を与えるんだよ。隆之」
青は剣鈴を鳴らした。
豪華絢爛たるその横顔。
春風のように笑うと光の声で歌う。
「どこかの誰かの未来のために、地に希望を 天に夢を取り戻そう 我らは そう 戦うために生まれてきた」
それに呼応するようにどこからか集まってきた猫神族達が歌う。
懐かしい歌だった。
戦場で、硝煙にまみれながら仲間皆で歌った歌だ。
敵味方双方の撤退を不可能にする突撃軍行歌。ガンパレード・マーチ。
瀬戸口の人ならざるスミレ色の瞳孔が縦にすぼまった。
・・瀬戸口は、瀬戸口を名乗る鬼は知っている。
この人は本当はどこかの誰かの未来など、世界など本当は“どうでもいい”ことを。
ただ一人の少女がこの人にそうであることを望んだから、この人は英雄になった。
ただ愛する少女と、自分を含めたごく親しい大切な人を守りたいがゆえに全ての神々を騙くらかしているのだ。
しかも朽ちて果てるまで嘘をつき通すつもりでいる。
それは稀代の詐欺師であった。
大嘘つきである。
世界がこの人の大事なものを排除しようとすれば、何の迷いもなくこの人は世界の敵になるだろう。
先代のシオネ・アラダを護りそこねた鬼はうやうやしく頭を下げる。
鬼は彼の友人であり彼を愛する騎士である。
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“我はすべての戦いと悲しみの終結を希望する”
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わが主
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歴史を変えるのは、大罪である。
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7つの世界がある。
魔法を使うファンタジーな世界もあれば、クローン技術で人類の減少を食い止める世界もある。
高度に発達したネットワークで繋がった世界もある。
だが世界は、それぞれ似通っている。
似ているのはそれぞれが辿る歴史だ。
おおむねどの世界でも、二度の世界大戦が起こっている。
第5世界では日本とドイツが同盟を組んで参戦し、それは第6世界でも第7世界でも同じだった。
かのドイツの独裁者は、どの世界にも似たような存在が同じように存在した。
これら、歴史のキーとなる人物を“同一存在”といい、これが各世界を似通わせる鍵となっている。
ある世界で同一存在が死ねば別の世界の同一存在も、事故であれ事件であれ同じ運命を辿る。
7つの世界はそうして繋がっている。
歴史を変えるのは大罪である。
それは阻止されねばならない。
それは世界の意思である。
*
第7世界時間 2015年1月14日
それはまたたくまに広まった。
文字通り、瞬きする間に爆発的に。
ネットワーク上で配信されたそれは一晩のうちに幾千幾万の“審神者”を生んだ。
その数、半月で50万。
一種の伝染する病のようでもあった。
50万の口から、あたかも存在するかのように語られる物語。
それは万難を排し、架空の世界の歴史を救うため、歴史を遡る不屈にして底なしの知識を持つ存在。
それはただの一度も会ったことのない友を救うため立ち上がり、実体の無い神々に形を与える者。
それは一人のようでいて、複数の存在であり、複数の存在でありながら、願うことはただ、一つであった。
それは 全能の代理を徴募せし物言わぬ 機構。
七つの世界でただひとつ、世界が幸せになる夢を見るプログラム。
ただの人から生まれる、世界の最終防衛機構。
*
ゲームではない、現実。
時のない場所、と呼ばれる空間がある。
そこに、大きな屋敷が建造されていた。
時代がかっているようで、どこか近未来的な、馬小屋も備えた開放的な屋敷だった。
一本の柱の下の方を見れば、小さく(株)機動建設と書かれている。
最後の仕上げとばかりに入口にはでかでかと【本丸】と掲げられていた。
その一室で、青い着物を纏った青年と、奇妙ななデザインをした制服の青い髪の青年が向かい合い、同じようなほややんとした気の抜けた顔で茶を飲んでいた。
「そうか。1000年も、前になるか」
着物姿の青年は、ひどく美しい。切れ長の瞳には彼の名に由来する三日月が浮かび上がっていた。
声は優しげで低く、年齢はわからない。歳若いようにもひどく老成しているようにも見えた。
「俺はまだ若かったから、はっきり覚えてはいないが。話には聞いている。まさか当代の巫女殿が男とは思わんだが」
「それはよく言われるよ」
カポーン、と庭のししおどしが鳴った。
ゆるやかな風が吹き込んでくる。少しの穏やかな沈黙の後、三日月は再び口を開いた。
「我らに人の姿など与え、何を望む。シオネ・アラダよ」
三日月の瞳が目の前の人族の代表を、試すように映す。
青は真っ直ぐ、何の迷いも無い目で三日月を見た。
「近々この【本丸】に、君達の主が来る。特別な力なんて何も無い、ただの人の子だ。それを、助けてやって欲しい。天下五剣。三日月宗近」
「シオネ殿の頼みだ。俺はかまわんが。・・・この、肉体?というやつは元々“実体の無い”刀にとってはひどく不安定なのではないか」
「流石、あなたほどになればわかるか」
「俺のような、長く生きてきたジジイは良いが。“物語”しか持たぬ者は、あしきゆめに、とり憑かれるやもしれん」
「手は打ってある。が、万が一、その時は ―――....」
カポーン
三日月は優雅な仕草で茶を飲んだ。
「・・・我ら付喪神は、最も親人派の神族だ。人の手によって生まれ、人を愛し、我らの方法で、あしきゆめと戦ってきた」
「ああ」
「刀は、戦うための武器だ。長らく人の目を楽しませる存在として時を過ごしてきたが、この刃を本来の用途に使えるのは、道具であることが本来の存在意義である我らとしては、悪くないのかもしれぬ。だが・・・」
三日月は愉快そうに微笑んだ。
「おぬしは残酷な男だな」
「実は俺の好きな娘も、僕にそう言うんだ」
青は眉を下げて言った。
はっはっは、と心底愉快そうに天下五剣は笑った。
何がツボに入ったのか美しい顔が崩れるほど笑って、くくっと腹を押さえながら顔を上げる。
「あいわかった。シオネ殿の頼み、聞き受けよう。ただ皆がその人の子を受け入れるかはわからんが」
「なんとかするんじゃないかな。多分」
青は他人事のように言った。
「僕の、好きな娘の言ってたことだけどね、本当に強いということは、力があるということではないんだ。
英雄っていうのは力に宿る存在ではなくて、学習する存在なんだ。どれだけ負けても戦闘を継続し、問題を学習し、また戦う。負けなくなるまで、ね。だから最初は、傷だらけになればいいよ。それができないなら、死ぬだけさ」
「良いことを言う。流石はシオネ殿の想い人」
ふふっと、青は照れて笑った。
青の心臓はその人の言葉でできている。
*
OVERS・OVERS・OVERS・OVERS
OVERS・OVERS・OVERS・OVERS
-this Omnipotent Vicarious Enlist a Recruit Silent System-
“我はすべての戦いと悲しみの終結を希望する”
O・V・E・R・S
浮かび上がった金色の文字に首をかしげる。
「オー、ブイ、イー、アール、エス・・・オーヴァーズ。オーヴァーズシステム・・・?」
“その答えは、YESである。”
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わが主