NEKOPLUS+
深夜の幹線道路。
車内に流れる名前も知らないジャズに乗って鬼はどこか外れた調子の鼻歌を歌う。
この日、瀬戸口隆之は上機嫌だった。ハンドルを握りアクセルを踏み込む。この身体に乗り換えてはじめて車なんてものの免許を取ったが、正解だったと思う。正確には取らされたのだが。運転は苦じゃないし、何よりこの空間が好きだった。ちらりと視線をむければ、青い髪が揺れる。
複座型に乗ったことはないが、同じコクピットにいる気持ちが少しわかる気がした。
その頭がかくんと揺れたのを見て薄く笑う。
「眠いなら寝ていいぞ」
すると間をおかずに氷のような声が返ってきた。
「何様のつもりだ?瀬戸口」
「失礼。お疲れでしょう。お休みになってはいかがですか。青の青」
「ばか。冗談だ・・・君に遠坂の真似は似合わないよ」
甘い、溶けるような温度差。瀬戸口を名乗る鬼が仕える相手は凍てつくような冷徹さと健気な優しさを併せ持つ。
瀬戸口の今日の仕事は主の迎えであった。
「マスコミに追っかけられて大変だったんだろ?」
「まあね」
「ま~た好き勝手言われてるぜ?報道規制でもしたらいいのに?」
「よく知りもせずにわめくのは愚かだが、それで言論統制するつもりはない。誰も何も言えない世界よりも、俺はめいめいが勝手なことを言う世界を選ぶ」
「俺が作りたい世界は今より少しマシな世界だが、変わらず俺のことを好き勝手に書きたてるだろう・・・か?」
「わかってるじゃないか」
「そりゃ、何度も聞かせられればな」
「僕が言い出したんじゃないけどね」
瀬戸口は肩を竦めた。
この国の、この世界のほとんどの人間はこの戦争が何なのか知らない。何と戦っているかも知らない。世間一般からすれば、この青の青たる英雄も“見目の綺麗な軍の広告塔”であり“有名なエースパイロット”でしかないのだ。この人が血反吐を吐いてでも救おうとしている名前も知らないどこかの誰か、とは、そんな人々のことだ。
世界の危機だって、異世界からの侵攻だって。知らなければ関係のないこと。知る必要も、ない。だがそんなことはこの人にとってはどうでもいいのだ。
「それにこの世界で何と言われていようと近いうちに皆覚えていなくなる」
なんでもないことのように青は言った。それから背景のジャズなんて無視して、瀬戸口には天使のように聞こえる美声で歌う。
「どこかのだれかの未来のために 地に希望を 天に夢を取り戻そう
われらは そう 戦うために生まれてきた」
*
白いシーツに広がる青い髪。自然界ではあり得ない原色の青。その身体の上に乗り上げて鬼は愛を囁く。
「なあ、厚志・・・そろそろ俺に、嫁がないか」
何度となく繰り返しては時には肘鉄とともに、時には笑顔で流されてきた言葉。
高慢なんだろう。こんな思いを抱くのは。しかし瀬戸口を名乗る鬼は1000年前からそういういきものだった。そういう生き方しか出来ないのだ。
「・・・君は一途だよねえ。ほんと」
「鬼は執念深いんだ」
青は眉を下げて、困った子どもを見るように笑った。人工的な青い瞳が瀬戸口を鏡のように映す。
「君が探してたシオネ・アラダは僕じゃないんだろ?」
穏やかでいて、胸元に鋭くナイフを突き立てるような言葉。瀬戸口は青い髪に触れ、真上から見下ろした。スミレ色の瞳の人ならざる瞳孔が縦に細まる。
「そうだが、そうじゃない」
「だったら何なの?」
また会いましょうと言ったあの人ではない。約束したあの人とは違う。でも、同じように惹きつけられた。世界の不幸を一身に背負っているような存在のくせに、不敵に笑って『そこまでだ』と言ったのだ。心臓を掴まれるような感覚。1000年の月日で美化され概念と化した存在がそこにいた。
「知ってるか?愛にいくら理由付けしたって、無駄なんだ」
「それはわかるかも」
この人が欲しいと、心が本能が叫ぶ。
それは、人の言葉で言うところの、紛れもなく恋だった。恋慕だ。
瀬戸口はこの少年に恋している。
*
「っ・・・あ・・・」
肉壁が瀬戸口の指をきゅうきゅうと締め付ける。3本挿れても余裕だ。
くっと指先を折り曲げて感じる箇所を擦ってやる。与えられるもどかしい刺激に青は腰を揺らした。
「うっ・・・」
痩身が震える。胸の肉も落ち、以前と比べるとだいぶ男らしくなった身体はそれでもしなやかでどこか中性的な魅力をたたえていた。
瀬戸口はゆるく刺激を与え続ける。普段よりも赤く見える唇から切なげな吐息が零れるのを見るのは至福の時間だった。もう片手で青のコンプレックスでもある胸の尖りを親指で潰すように弄くる。白い肌によく映えるそれは、普通の男の乳首にしては目立ちすぎていた。
感度もまるで女のそれだ。こりこりとしこり立ったそれを愛でると青は身を捩り瀬戸口の手を掴んだ。
「あっ・・・胸は、やっ・・・」
本気で掴まれたら骨が折れるだろうから、嫌ではないのだ。
瀬戸口はそう解釈して胸に吸いつく。この胸はラボで受けた実験の、痕跡のひとつだ。弄くられて腫れると元から目立つそれが更に際立って嫌なのだが、感じるのも確かで。
それがわかっていて愛撫を続ける鬼の髪を青はくしゃりと掴む。
「あ・・・んん・・・っ」
舌先で押され、軽く歯を立てられて赤子のように吸われる。
そんな風にされるともう流石に乳を出しはしない乳腺が刺激されるようで。青は震えた。高い声が漏れる。
「ん・・・うあ・・・あ・・・」
おそろしいことに実際に母乳が出たこともあったのだ。ラボで打たれ続けた女性ホルモンの影響だった。瀬戸口はその味を覚えている。恥ずかしがってまだ速水を名乗っていた青が泣いて怒ったのも。顔をあげた瀬戸口に青は目を細める。
「・・・っ、何にやついてるんだ」
「いや、俺の姫様はかわいいなあって」
男前が台無しなくらい緩んだ瀬戸口の顔。
瀬戸口は好んで青のことを俺の姫様と呼ぶ。俺は騎士なんだから護るのは姫に決まってるだろうというのが彼の勝手な言い分だった。
青は女扱いされるのを好んではいないが、好きにすればいいと思っている。もっとも戦闘力の面で言えば青の方が上だし、あんな化物みたいに強い姫がいてたまるかというのが青と相対したことのある者の言い分だったりするが。瀬戸口にとって重要なのはそこではないらしい。
瀬戸口は指を引き抜くと青の両の足を掴んだ。髪と同色の薄い陰毛と最近やっと反応を示すようになった男性器。女だったら良かったのにと最初は思った。自分が男の器に入っているから。しかし今はそんなの些細なことだと思っている。
瀬戸口に比べると貧相なそこをじっと見られ、青は足裏で瀬戸口の顔を軽く蹴った。瀬戸口が抗議の声をあげる。
「何をするんだ」
「うるさい。挿れるなら早くしてよ」
どうせろくでもないことを考えているに決まってると青は思った。不完全な雄。対外的には芝村舞さえ絡まなければ完全無欠な青の身体に関するコンプレックスは根深い。
気にすることないのにと瀬戸口は思う。こんなに綺麗なのに。何が駄目なのか瀬戸口にはわからない。
瀬戸口は主の望みどおり勃起した性器を後孔に押し付けた。肉の襞が待ち望んでいたかのように収縮して太く熱いそれを受け入れる。腰を揺らすとぴったりと陰茎に吸い付いて、粘膜が一緒についてくるようだった。
「あっ・・・!あ、ん・・・ん」
抵抗は少ないが、きゅうきゅうと締め付けてくるそれは射精を促すようで。理性ごと飲み込まれそうになる。瀬戸口は腰を掴んで一気に奥まで貫いた。青の背筋がしなやかに反り返り、そのまま髪を揺らしてびくびくと震える。
「ああっ・・・ぁ・・・!」
「これだけでイッたの?」
青は答えない。ただ伏せた長い睫を震わせるだけだ。
ゆるく勃起した性器からは透明な液体だけが零れている。瀬戸口は片手でそれを包むように掴んで、律動と一緒に扱いた。甘い声が上がる。青の身体は男を受け入れるように開発され尽くしていた。絶頂も、後ろでしか迎えることができない。未だ自力で射精することはできなかった。
「あっ、はっ・・・あぁっ!ああん・・・・!」
突き穿つたびにベッドをきしませて裸身が弾む。青は押し付けるように自ら腰を揺らし快感を享受した。見開かれた青い瞳から涙が零れる。
「綺麗だよ。厚志・・・」
本当に。青は瀬戸口を睨んだが、その瞳は快楽に溶けていていつものような迫力はなかった。
感じる箇所を何度も杭を打つように責立てられただただ上ずった悲鳴を上げる。
総身を震えさせ再び青は達した。深い深い肉の悦び。性行為はかつて青にとって苦しく辛いものでしかなかった。快楽は、この男に教え込まれたものだった。
「はっ・・・たかゆ、き・・・もっと・・・・・」
すすり泣くような、普段よりもずっと幼い声と顔で青は言う。あさましい身体は満足しない。まだ、足りなかった。
淫らにねだる青の姿に、瀬戸口の瞳が凶悪な光を帯びた。鬼の本能か、雄の本能か。喰らい尽くしたいと耐え切れない欲がわいてくる。不可抗力だと思った。こんなの。
「・・・いわれなくても」
瀬戸口は興奮を隠せない顔でどうにか笑みをつくると、行為を続けた。
*
夜明けの。薄紫から青に変わる空を眺めながら青は早朝の風に吹かれていた。
遅れて目覚めた瀬戸口は一瞬ベッドに青の姿を探して、バルコニーを見てほっと息を吐く。
ある日この人が自分を置いてふっといなくなっていたらどうしようと、最近は警戒している。もっと早く起きるようにしないと。頭を掻きながら瀬戸口は立ち上がった。
その気配を感じながら青は振り向きもせずに呟いた。
「ねえ、瀬戸口」
「なんだ?」
「僕はね、どこかの誰かの未来のため、なんて。本当はガラじゃないんだ。そんなに俺は純真じゃない」
薄明に照らされる青い髪と白い肌に残る噛み痕。昨晩、瀬戸口がつけたものだ。青はまっすぐに空を見たまま歌うように言う。横顔に瀬戸口は見入った。
「でも、彼女が望むなら、俺はそう振舞って、生きるよ。この空を覆うなにもかもと戦ってみせる。本当はどうでもいい、どこかの誰かの未来のために。僕は最後まで嘘をつき通す」
稀代の詐欺師。青は神々の心をも溶かすような微笑を浮かべ、朝日を背に瀬戸口を見た。
瀬戸口は眩しくて目を細める。口元は笑っていた。
「好きにしたらいいさ。俺は、どこまでもあんたについてくよ」
どこの世界だろうと、あなたが誰を愛そうと。自分はそれだけだ。瀬戸口を名乗る鬼はそういう存在だ。
青は何の気まぐれか、そんな瀬戸口に近づいて顔を覗き込むとキスをした。硬直する。何度目か惚れ直した直後の瀬戸口は反応が遅れて、青が離れていく直前にその両肩を掴んだ。
「・・・それで、俺に嫁が」
「馬鹿だね君は」
青の拳が瀬戸口の顎を小突いた。