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「・・・はっ・・・ぁ」

 

何度目か、夜中に目が覚める。

薄い布団で身を起こし、少年は自分の身体を抱きしめ熱い息を吐いた。

熱い。

気温はまだ肌寒いのに。

昼間は絶対にしない色を帯びた表情でもう一度大きく息を吐く。

 

自分のおかしな身体について考える度、速水を名乗るものはひどく憂鬱な気分になる。

できれば意識せずに過ごしたいと思っても、

長年弄繰り回された身体はラボを脱出してからも頻繁に彼を困らせた。

 

熱を持って疼く身体。張った胸。

くそ・・・

心中で毒づく。

ラボで特に弄ばれた箇所だった。

やっとあの白い壁から出たのに、身体は速水の意思に反してあさましく刺激を求めている。

自ら胸に触れかけて、矜持が邪魔をした。

普通だったら自慰と呼ばれる行為。ラボで何度となく強要された記憶がよみがえる。

後ろも同じだ。触れるのは、嫌だった。

ただただ責め苦のような熱が過ぎ去るのを待つ。

それしかできなかった。

 



 

「バーンビちゃんっ」

「ひゃうっ!」

 

放課後の教室。背後から抱きしめられ、少年の口から高く上ずった声が漏れた。

抱きしめた側の男はおや?と少年の顔を覗き込む。

「また随分とかわいい声を・・・」

速水は耳まで真っ赤になった顔で、口元を押さえながら男を睨んだ。

それを見て男は笑う。端整な顔立ちに、羨ましい高い背丈。

瀬戸口隆之。

あの夜以来何かと速水にちょっかいを出してくる得体の知れない男。

速水はこの男との距離をはかりかねていた。なぜ急にこんな態度をとるようになったのかわからない。

舞に危害をくわえない限り放っておこうと思っても向こうからこうして寄ってくる。

向けられているのが本気の好意だということに、少年は気がつかない。

女物のコロンの香りと、僅かな、雄のにおい。においというよりもフェロモンと言うべきものかもしれない。

速水は湧き上がりかけるものを押さえて、見た目よりも質量のある腕を掴んだ。

「はなして・・・重いよ」

やっとそれだけ言うとすみれ色の目が優しく笑う。瞳孔は縦に割れていた。

「今日もかわいいな」

歯の浮くような台詞。

女性に対しては息をするように言う台詞だが、この少年へのそれは純粋な感想であり、自分のための言葉でもあった。

俺の姫は今日もかわいい。それを確かめるのが瀬戸口の日課だ。

そうしないと、心が壊れそうだった。

幸い邪魔をしてくる者はいない。

華奢な身体を抱きしめて服の上から撫でた。欲しかったものがこうして、触れられる肉体を持ち目の前にある。

それだけでこのどうしようもない世界も優しく綺麗なものに思えた。

瀬戸口はいやらしい手つきで少年の身体を辿る。

すぐに肘鉄が飛んでくるかと思ったが今日の速水は大人しい。

 

胸の上を瀬戸口の手が通り、速水は思わずびくりと身体を硬くした。

服の上からでは当然、感じるほどの感覚もないのだが。

「速水?」

「な、なんでもない・・・っ」

昼間はおさまっているものが、ずくりと速水を名乗るものの身体の奥を疼かせる。

だから瀬戸口に抱きつかれるのは苦手だった。

男の腕も、胸板の感触も、においも、苦手だ。嫌いだ。

口元を手で押さえたままの速水に瀬戸口は首を傾げる。

「もしかして体調、悪いのか?」

速水は首を横に振る。瀬戸口は速水のおでこに触れ、「う~ん」と目をつぶった。熱はなさそうだ。

額を覆う大きな手の感触。純粋に身を案じている様子の瀬戸口に速水は怒るに怒れない。

彼は心配されることに慣れていない。

「ねえ、瀬戸口・・・」

「なんだい?」

瀬戸口は優しく問いかける。

速水は口を開いた。言葉は音にはならなかった。

君は、僕を抱ける・・・?

「ごめん・・・なんでもない」

俺は何をしようとしている。自己嫌悪が速水の胸を暗く沈ませる。

醜い。あさましいこの身体。

速水は瀬戸口の腕から逃れるように身体を反転させ、離れようとしない瀬戸口の身体を押した。

「ごめん、さわらないで」

僅かに潤んだ青が瀬戸口を見上げる。赤い唇。高潮した頬。

瀬戸口の中に宿るものが急にぞわりと騒いだ。

いつもの大人しい優等生の顔ではなかった。

もっと淫らな、いきもの。濃厚な雌のにおいが瀬戸口を名乗る鬼の鼻をくすぐった。

しかしその青は1000年焦がれてやまなかった色で。

「瀬戸口・・・」

女のような声が名を呼んだ瞬間、瀬戸口は本能的に目の前の少年に掴みかかっていた。

 

完全に反応が遅れた。背中に衝撃。

速水は気がつくと、床に押し倒されていた。

「速水・・・」

ぎらぎらした紫色が真上から見下ろしている。

それに反して、声は切なげだった。

いつもの軽薄な優男の顔ではない。あの夜見た顔とも違っていた。

瀬戸口は速水の頬に触れ顔を近づけた。未だ幼い少年の顔。

なんで男の器なんだと、最初は思った。しかし。

身体を覆う邪魔な布を取り除こうと瀬戸口は華奢な身体をまさぐった。

裸が見たい。愛おしい器の、何も纏っていない姿を、肌を、見たい。そんな衝動だけで制服を剥ぐ。

「っ・・・やっ、なに、ちょっと・・・!」

胸元を広げられそうになって速水は焦った。状況が飲み込めない。

男は速水を犯そうとしているようだった。胸の内の願望を悟られたのか。無意識に媚を売っていたのか。

それとも何か、他に目的があるのか。経験の足りない少年の思考は正しい答えに行きつかない。

速水が手を掴むより早く瀬戸口は速水の胸元を暴いていた。

シャツのボタンが、飛ぶ。露出する白い肌。

「あ・・・・」

青い瞳が見開かれる。

痩せた身体の、胸部にだけ乗った柔肉。白い膨らみの先はぴんと上を向き、桃色をしていた。

瀬戸口の骨ばった手が、ゆっくりとそれに触れる。柔らかな肌に沈む指先。

速水の顔が見る間に赤く染まった。

「これは・・・」

「み、みるなっ・・・!」

声が裏返る。

見られた。見られた。頭が真っ白になり、次いでこの男を消すべきかと思考が巡る。

以前の速水ならば、行動に移したかもしれない。しかし今の速水にはできなかった。

次の瞬間には瀬戸口の片手が不躾に速水の股間を布越しに掴む。速水の身体がびくりとはねた。

「っ・・・~~」

指で辿り、そこにあるものの感触を確かめる瀬戸口。

揉みこむように触れられ速水の内部が甘く疼く。

「やっ・・・」

瀬戸口は速水のベルトを引き抜き直に確認しようとした。

異形の手で引き裂いてしまった方が早いだろうか。そんなことを考えていると手を掴まれる。

「ここじゃ・・・だめ」

鼓動がうるさい。期待と拒絶の相反する感情に、速水はやっとそれだけ言った。

「・・・ここじゃなければいいのか?」

訴えに瀬戸口は顔をあげる。低く静かな声で少年に問うて、目を細めた。

青い瞳が揺れている。

沈黙が、流れた。




 





 

鍵がかけられて誰もこない場所、など瀬戸口はこの高校周辺でもいくつも確保している。

小さな窓から光が差し込む薄暗い倉庫で、瀬戸口は少年の身体をまさぐっていた。

少年らしき、その身体。

まだ下の毛の生えていない速水の下半身には、まるきり子供のそれではあるが・・・確かに男性器が存在している。

控えめで柔らかな乳房は舌先で舐めると痩身がびくびくと震えた。

「いっ・・・やぁ・・・・」

瀬戸口の肩を弱々しく掴む両手。瀬戸口は嗤った。

「何が嫌なんだ?バンビちゃん」

速水の身体能力の高さは身をもって知っている。本気で嫌ならば自分を殴り倒すことだってできるだろう。

大人しくここに連れ込まれておいて何が嫌なのか。

泣きそうな声で速水は言う。

「胸・・・おかしい、から」

「見ればわかるよ」

人間の雄としては明らかにおかしい。

乳房を撫でられ乳首を摘まれる。速水は羞恥と快感に身を震わせた。手つきが優しいのが余計に恥ずかしかった。

男に触れられ感じるのは速水にとってあさましく、汚いことだった。そう教え込まれていた。

速水の反応を見ながら瀬戸口は思ったことをそのまま口にする。

「おかしいけど、かわいい」

「っ・・・やぅ・・・・あっ・・・」

色々疑問はあったが瀬戸口は全て思考のゴミ箱に捨てた。かわいいかわいい俺の姫様。

瀬戸口という鬼は、見たいものしか見ない。

赤子よろしく吸い付きながら、瀬戸口は細い腰を撫でると双丘の間へ手を滑らせた。

「あっ・・・・・・」

速水は怯えた。

それをされたら自分がどうなるのか嫌というほど知っていた。

それを欲していると認めるのは嫌なのに。身体の奥が切なく疼く。

汚いあさましいと嘲られながら、それすら利用して媚びて殺して生き延びてきた。

だが生きるのに必要なくなっても調教され尽くした身体は悦楽を求めて熱を帯びる。それを満たすために、また俺は男に身体を委ねるのか。

速水の表情に、犯されるのを怖がっているのだと思い瀬戸口はその頭を撫でた。

「痛くないようにするから」

瀬戸口は内心獰猛な本性を隠すのに必死だった。1000年の飢えが目の前の存在を喰らいたいと叫ぶ。

一方で、愛のない行為は嫌だった。愛がないと意味がない。

それが一番大切なことだと彼女に教わった。散々使役され落ちぶれた、瀬戸口を名乗る鬼の最後の矜持。

やるならできるだけ気持ちよくしてやりたいと思う。

長い指が速水の中に侵入した。その感覚に、青い瞳が見開かれる。

「ひっ・・・!あ、ぁ・・・だめ・・・・」

内部が蠢く感覚。肉襞は甘く疼いて瀬戸口の指を締め付けた。

瀬戸口は小刻みに指を動かし、奥まで侵入させると一度入り口付近まで引き抜いて指を増やした。

巧みなそれに速水は浅い呼吸を繰り返す。

声変わりもしていない少年の甘い声と、吐息。指の感覚。僅かに揺れる細い腰。

触れながら瀬戸口は冷静に思った。少年の身体は・・・行為に慣れている。

「なあ、バンビちゃん、どこでこういうこと・・・」

言いかけて、速水の表情を見た瀬戸口は言葉を飲み込んだ。感じているようなのに、抵抗しないのに、拒絶するような瞳。

瀬戸口を、ではなく、もっと別の・・・

「いわ、ないで・・・」

「・・・わかった。聞かない」

くそったれと心中で毒づく。まだ14歳の少年が、こんな行為に慣れているのは普通ではない。

そして速水が望んでそうなったはずがないと、今までの彼との付き合いから瀬戸口は考える。

この世界はおかしいことだらけだ。

自分のしようとしている行為を棚に上げながら瀬戸口は思った。

ベルトを外して勃起した性器を取り出すと瀬戸口は速水の片足を掴んだ。

指を引き抜いたそこは速水の意思に関係なくいやらしく収縮する。

「あ・・・」

「すまん。優しくするから」

止めるという選択肢はとっくに瀬戸口の中にはなかった。謝罪の言葉に速水は更に混乱する。

なんで・・・

何に対して謝っているのか。優しくするとは何なのか。なんのつもりで。

欲を満たし屈服させるためなら、なぜこの男はこんな触れ方をするのか。

速水の疑問など知らぬまま、瀬戸口は腰を押し付けた。

 

「・・・あっ、くぅっ・・・ぁ・・・ああ・・・」

速水の蕾はゆっくりと綻んで待ち望んだ侵入者を迎え入れる。抵抗は強くない。

沈みこむような感覚を瀬戸口は味わった。うねっては収縮し、時折びくりと痙攣する。

精を搾り取らんとするようなその締め付けと、本能を刺激するような甘い声。

瀬戸口は熱い息を吐いた。なんて身体だ。

根元まで突き入れると速水は細い身体をびくびくと引き攣らせながら、荒くなった呼吸を整えようとしている。

揺さぶるとよがり声とともに瀬戸口の動きに合わせてひくひくと肉壁が波打った。

自分よりも前にこの身体を味わった男がいることを思うと気が狂いそうな嫉妬心が胸を焼く。

奥を突き上げるのにあわせて腰が揺れた。

「あっ・・・あ、ひゃっ、あっ、あんっ・・・!」

声が止まらない。求めていた刺激にあさましい身体は歓喜に震える。

瀬戸口の雄を股ぐらに咥えこんでただただ速水は喘いだ。

こんなはしたない姿を一応のクラスメイトに見られていると思うといたたまれなかった。

普通になりたい、男らしくなりたいと思いながら結局自分は、雄を突っ込まれて動物みたいに腰を振るのだ。

涙が流れた。

「あっ・・ああ・・・あああっっ!」

感じる部分を突かれ、快感の電流がのどから全身を貫く。背筋がばねのように反って、中のものを強く締め付ける。

一層はっきり意識される雄の形。オーガズムに精神が切り刻まれる。

気持ちいい。気持ちいい。脳が溶ける。

「う、あ・・・・・」

「速水・・・」

見ると、愛おしそうなすみれ色が速水を見下ろしていた。どうしてそんな顔をするのか。

半開きの速水の唇を舐めてから、瀬戸口は深く口付けた。

舌を入れられ、キスには慣れていない速水はどうすればいいのかわからずただ口内を蹂躙された。

「ふっ・・・ん・・・・ん」

・・・嫌では、ない。

舌を絡めるよう無言で指図されて、速水はそれに従った。



 

「・・・大丈夫か?」

瀬戸口の大きな手が髪を撫でて、速水の涙を拭う。

青い瞳からはとめどもなく涙が零れていた。

散々やっておいて、急に不安になる瀬戸口。嫌われるのは悲しい。できれば愛されたい。

自分勝手で臆病で欲深い本性。

「なんで・・・優しくするの」

ぽつりと速水が呟く。瀬戸口は苦笑した。

「好きだからに決まってるだろ」

「好きだから僕を抱いたの?」

「は?あたりま・・・」

当たり前、といいかけて、では何でこの少年は自分が抱かれたと思っているのだろうと逆に疑問に思う。

それが脳内で速水が性行為に慣れていることと結びついて、瀬戸口はまたくそったれと思った。

細い身体をぎゅっと抱きしめる。

速水は瀬戸口の胸板に顔を押し付けながら息を吐いた。

瀬戸口に抱きしめられるのは苦手だ。

雌のような自分を自覚させられるから。だが今は、妙に落ち着く。

瀬戸口とのセックスは今までされてきた行為とは少し違った。暴力的でもなければ、嘲られることもない。

こんなに気持ちよかったのもはじめてだった。

瀬戸口の手がよしよしと速水の頭を撫でる。

「ねえ、瀬戸口」

「ん?」

「・・・僕のことが好きなら、また抱いてくれる?」

一度見られたのなら、どうせ同じことだ。速水はそう自分に言い訳する。

瀬戸口の好きがどういうことなのかはわからないけれど。

「また・・・」

瀬戸口は固まった。ひどく動揺していた。

速水の言葉を心の中で反芻する。

嫌われてはいないらしい・・・それどころか。

言われなくても一回で終わらせる気など鬼には更々なかったが、速水の口からそれが聞けたことが気分を舞い上がらせる。

いきなり愛されていると思えるほど、瀬戸口は楽観的ではなかった。

しかしそんなのはこれからでもいい。知らず腕に力がこもる。

「い、いいのか」

「いいから、こう言ってるんだけど」

速水は恥ずかしさに顔を赤らめた。無理矢理卑猥な言葉を言わされたり請わされたりした時よりも恥ずかしいことをしている気分だった。

気持ちよかったから、また抱いて欲しいなど。

それを見下ろして瀬戸口はぐるぐると思考を巡らせる。

むしろ今からもう一度と言いたいくらいだったが、

流石にそれは怒られるだろうし速水の華奢な身体に無理を強いることになると判断してやめる。

というかかわいい。かわいい。俺の姫様はかわいい。

自分を追い詰める諸々のものがどうでもよくなるくらいに。

「・・・苦しいよ」

顔をあげた速水に、瀬戸口はまたキスをした。

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